杉とクロモジのルームスプレーで、山の価値・魅力を伝えたい

南三陸町で林業を営む株式会社佐久は、山の価値を発掘・創造し、その魅力を伝えることに力を入れています。その一環で、山林の未利用材を活用したルームスプレーを開発。企画した大渕香菜子さんに話を聞きました。

山の香りで、ひとときの癒しを届ける

2019年5月から株式会社佐久で仕事を始めた大渕香菜子さん。小さい頃から植物が大好きで、さまざまな植物の宝庫である山の価値や魅力をもっと伝えていきたいと、株式会社佐久で企画・開発を行っています。「私は山を歩くときに嗅覚を大事にしているんです。山の香りにはリラックス効果があるので、香りを生かした商品が作れないかと考えました」と大渕さんは話します。

注目したのが、香りのよいクロモジと、南三陸にたくさんある杉です。「山に癒しを求める人は多い。そのような方たちに、ひとときのリラックス効果を提供できたらと、ルームスプレーを開発することにしました」

クロモジの枝と杉の葉を持参してくれた大渕さん

「一から自社で作るため、蒸留はハードルが高かったので、ハーブをアルコールに浸けて有効成分を抽出する『ハーブチンキ』と同じように、クロモジと杉を3か月ほどアルコールに浸けて香りを抽出しました」と大渕さん。試行錯誤の末に完成したルームスプレーは「リフレッシュエアーミスト」と名付けられ、2019年8月に発売されました。

さわやかな香りのルームスプレーが完成。容器のラベルは、クロモジの枝(右)と杉の葉(左)をデザインした

多様性を守るため、山の価値や魅力を発信

「このルームスプレーの開発では、クロモジや杉の葉などの未利用材を活用して、そこから価値が生まれることを伝えたかったのです。ルームスプレーはあくまで手段のひとつ。山には杉や檜以外にもさまざまな植物が生息していて、多様性の宝庫です。山の多様性を守るためには整備が必要ですが、林業の現状が厳しいこともあり、きちんと手入れされない山が増えています。杉・檜以外の林産物も価値につながり、山主に利益が還元されれば、整備される山が増えるのではないか…。そのために、山の価値を発信していきたいと思っています」と大渕さんは力を込めます。

さまざまな植物の宝庫である下草が特徴的な南三陸の山林を案内する大渕さん

「南三陸の山はきちんと手入れがされていて、さまざまな植物が生えています。私にとっては宝探しができる山なんです!」と目を輝かせる大渕さん。その魅力を伝えるため、山歩きツアーも企画・実施しています。「山菜採りツアーなど、季節ごとの山歩きツアーを作っていきたいと考えています」。

「商品開発に関しては、次は蒸留に挑戦して精油を作ったり、南三陸産の広葉樹苗木を山採りの苗木として出したりしたいと考えています」と意気込みを語ってくれました。

みなさんも、宝物を探しに、山に出かけてみませんか?

山の魅力、山の癒しがギュッと詰まったルームスプレーで、手軽に山林浴を楽しもう

インフォメーション

「リフレッシュエアーミスト」
価格:2,500円(税抜)
販売場所:「NEWS STAND SATAKE」(さんさん商店街内)、「南三陸まなびの里いりやど」

海がシンボルの町にいつか戻ってきたい。

新たな門出の時期となる3月。志津川高校3年の後藤健心さんもその1人だ。「学年みんな仲が良いんです。卒業する寂しさもあるけれど、またすぐに会えるんじゃないかなって気もしています」

卒業を目前に控えた2月、後藤さんはサンオーレそではま海水浴場のビーチクリーンを企画していた。「友だちとの思い出作りと、町への恩返しの意味を込めて綺麗にしようか、と話していて企画が生まれました」と話す後藤さん。

「夏は部活帰りに練習着のままみんなで海に行って遊んだり、真冬の雪が降り積もるなか遊びに行った思い出もある。何かあれば海に行っていた。やっぱり海は町のシンボルだと思うんですよね」

震災後は、ボランティアで来ていた町外の人ともたくさん出会ったり、高校では台湾の学生との交流や、長期実習に来ていた大学生とも交流があり、親交を深めた。「田舎なのにいろんな人に出会える不思議な町」と南三陸町のことを話す後藤さん。卒業後は、小さい時からの夢であった子どもと関わる仕事を目指して、古川にある短期大学へと進学する。この春で町を離れることになるが、「もし出来ることなら南三陸に戻って仕事をしたい。よい町だと思いますから」と話す。そんな若手の声に希望の光が見える気がする。

南三陸の“美味しい”が集結!「さんさんマルシェ」

「さんさんマルシェ」は「南三陸さんさん商店街」にある産直のお店です。2020年3月3日にオープン3周年となる「さんさんマルシェ」のコンセプトや魅力、こだわりなどを、店長の中村悦子さんに伺いました。

南三陸の山海の幸がずらり。こだわり卵のスイーツも人気

「南三陸さんさん商店街」の一角にある「さんさんマルシェ」。“南三陸町のセレクトショップ”として、町内・周辺地域の農産物・海産物や加工品などを扱っています。店内には、南三陸らしいドリンクやデザートを提供する「VegeCafe(ベジカフェ)」も。特に週末はおみやげを買いに来る観光客でにぎわいます。

さんさんマルシェの入り口。太陽マークの看板が目印だ
入るとすぐに南三陸町産の旬の野菜が目に入る
南三陸産のタコやカキ、ホヤを使用した人気の缶詰
ワカメも充実のラインアップ。どれを買おうか目移りしてしまう

魅力的な商品がずらりと並ぶ店内は、見ているだけでも楽しめます。農産物・海産物だけでなく、スイーツも人気。目玉商品は南三陸地鶏卵「卵皇(らおう)」を使用したクレープやプリン。濃厚な味わいが大好評で、入荷後すぐに売り切れてしまうことも…。

「卵皇」を使用したスイーツたち。この日クレープはすでに売り切れていた

南三陸の魅力がギュッと詰まった、わくわくする場所

さんさんマルシェを切り盛りするのは、中村悦子さん。2019年5月から店長を務めています。仕入れをしたり、生産者さんとやり取りをしたり、営業に出たりと、業務内容は多岐にわたります。

「こういう仕事をするのは初めてでしたが、おもしろそうだなと思って挑戦しました。ものを売って利益を出すのは大変ですが、自分が考えたことを実現できるのは楽しいです!」と笑顔で話す中村さん。

さんさんマルシェの店長、中村悦子さん

「さんさんマルシェは一般的な産直とは少し違って、ちょっと変わったものも置いているんです。たとえば、南三陸で採れた化石のガチャガチャが店頭にあったり…。食べ物だけでなく、いろいろな形で南三陸の魅力を発信していきたいと思っています」と中村さん。「このマルシェは色々なことができる場なので、どんどん新しいことにチャレンジしていきたい。月に一度フェアも企画しようと考えています」と話します。

「今後の目標は、農産物やスイーツの品ぞろえを充実させること。店長としての私に期待されているのは生産者さんを集めることなので、南三陸町だけでなく石巻市や登米市などの近隣の生産者さんにも積極的に声をかけています。自分が集めた商品をお客さまが買って頂くと、やりがいを感じますね」。

登米から仕入れている「人は登米のだし」は大人気の商品

「また、犬連れのお客さまにやさしい”ドッグフレンドリー“なお店にすることを考えています。犬を連れたお客さまがけっこう多いので、店頭にリードをつなぐフックを設置し、水を飲む容器の無料貸出を始めました。犬連れのお客さまにたくさん来てほしいと思っています」と中村さん。スタッフもみんな犬好きだそうです。

陳列棚の商品を整える中村さん。売上アップを目指して日々試行錯誤している

さらなる進化や今後の展開が楽しみな、さんさんマルシェ。ちょっとしたお買い物に、スイーツやカフェを目当てに、立ち寄ってみませんか?

「みなさんに楽しく買い物をしてもらえる場になるよう、店長としてがんばります!」

2020年2月29日/定点観測

南三陸町市街地の復興の様子を定点観測しています。戸倉地区、志津川地区、歌津地区の3箇所の写真を公開しています。

写真をクリックまたはタップすると大きくなります

戸倉地区

撮影場所 [38.642969, 141.442686

パノラマ

志津川地区

撮影場所 [38.675820, 141.448933

パノラマ

パノラマ

パノラマ

パノラマ

歌津地区

撮影場所 [38°43’5″ N 141°31’19” E

パノラマ

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ASC認証を取得した若手漁師の想い【後編】/後藤伸弥さん

日本初となる、二枚貝養殖のASC国際認証を取得した南三陸町戸倉地区。震災を機に取り組んだ漁場改変が評価され、今年度の農林水産祭 水産部門で天皇杯を受賞しました。そんな戸倉地区で震災がありながらも再び漁師の道を歩んでいる、若き2人の漁師に話を伺いました。その後編をお届けします。

いずれは大好きな海で仕事をしたい

前編(後藤新太郎さん)のお話しはこちら

続いてご紹介するのは、漁師歴17年になる後藤伸弥さん。

後藤伸弥さんも高校卒業と共に、家業であった漁師の道を歩んでいます。小さい時から、海が遊び場になっていたと幼少期を振り返ります。高校では水産のことを学ぶべく、水産高校に通っていました。「家督(長男)だから、家業を継がなきゃいけないという責任もあったのかもしれない」と話すものの、大好きな海でいずれは仕事したいと思っていました。

写真提供:後藤伸弥さん

海への熱い想い

津波の被害も大きく受けた後藤伸弥さん。漁業が再開できるまでの間は、作業代船で2年ほど働いていました。

大津波の直後でありながら、海での仕事をしていた当時の自分に「普通は考えられないよね」と話します。後藤伸弥さんの並々ならぬ、海への熱い想いが感じられます。その後、漁業の本格再開に合わせて漁師へと戻ります。

消費者に近い、生産者でありたい

「ベテラン漁師になるにはもう50年は必要」だと後藤伸弥さんは言います。

天候の見極め、種の選び方など、まだまだ勉強することはたくさんあると話します。しかし、インターネットの発展により、消費者の声を聞くことができるようになった現在。丹精込めて作った海産物の感想をSNSやインターネットで見かけるだけで嬉しく、感想を励みにしています。

また、若手が少なかった震災前に比べ、震災後、若手が増えたことで気軽に情報交換ができるようになったことは嬉しいと話します。消費者のニーズも取り入れつつ、美味しいカキを提供すること。後藤伸弥さんは「消費者と近い、生産者でありたい」と意気込みます。

写真提供:後藤伸弥さん

「以前のようには戻したくない」若き2人の想い

前編後編でお届けしました、戸倉カキ生産部会で活躍する後藤新太郎さんと後藤伸弥さんの想い、いかがだったでしょうか。震災がありながらも、漁師を再開する覚悟。そして2人の海への強い思い入れも取材を通して感じられました。

震災前は、品質や環境のことを考える余裕はなかったと2人は話します。

「震災前の状況を知っているからこそ、以前のようには戻したくはない」

「震災後、先代が築き上げたこの漁場を守っていくことが、最低限の役目」

だと2人は口を揃えていました。また、海に限らず林業や農業でも震災後、様々な取り組みをしている南三陸町。他の産業と連携して何かしてみたいと2人は話していました。

今の漁場を守りつつ、更なる発展、挑戦をしている2人。一人前の漁師には、険しい道のりが2人を待ち受けているかもしれません。それでも、美味しいものを作り続けるために、2人の挑戦は続きます。

前編はこちらから

ASC認証を取得した若手漁師の想い【前編】/後藤新太郎さん

ASC認証を取得した若手漁師の想い【前編】/後藤新太郎さん

日本初となる、二枚貝養殖でASC国際認証を取得した南三陸町戸倉地区。震災を機に取り組んだ漁場改変が評価され、今年度の農林水産祭 水産部門で天皇杯を受賞しました。そんな戸倉地区で震災がありながらも再び漁師の道を歩んでいる、若き2人の漁師に話を伺いました。それぞれ前編後編に分けてお届けします。

逆境を乗り越え、天皇杯受賞

震災前、戸倉地区ではカキの生産量を増やそうと養殖筏を増加しました。しかし筏が増えたことにより、カキの生育は遅れ、品質は低下。何より深刻な漁場汚染が問題とされていました。そんな時、この町を襲った東日本大震災。自宅はもちろん、船や養殖筏は被災し、壊滅的な状況になりました。何もかも失い、ゼロからのスタートに漁師達は話し合いを重ねました。

話し合いの末決断したのが、養殖筏を3分の1にすることでした。

その結果、環境への負荷も軽減し、1年で育つ品質の高い牡蠣を養殖できるように。2016年3月には、海のエコラベルであるASC国際認証を二枚貝養殖で日本で初めて取得。また昨年行われた農林水産祭で天皇杯を受賞。震災後、大きく漁場改変をしたことで、カキ品質の向上。それに伴い生産量、収入が向上したこと、経費の削減や労働時間の短縮、後継者の確保に繋がっていることなどが評価され、天皇杯受賞に至りました。

南三陸町が日本初の認証です! ASC認証取得伝達式
ASC国際認証取得 伝達式の様子(2016年5月18日)

小さい時から見てきた仕事

震災後の漁場改変による、ASC国際認証の取得や天皇杯受賞と盛り上がりを見せる戸倉かき生産部会で活躍している2人の若い漁師を2回に分けてご紹介していきます。

まず初めにご紹介するのは、漁師歴15年の後藤新太さんです。

小学生の時には漁師を目指していたという新太さん。小さい時から、海に遊びに行ったこと、両親の手伝いをしていたことが漁師を目指すきっかけにもなったと話します。

「小さい時から見てきた仕事で、どんなことをしていたのか分かったから漁師を目指したのかもしれない」と幼少期を振り返ります。

戸倉に戻りたい一心で再び、漁師の道へ

高校卒業と共に、漁師の道へ入った後藤新太郎さん。仕事にも慣れ始めた頃、この町を襲った東日本大震災。

自宅はもちろん、船や養殖筏にも大きな被害がありました。そのため、すぐには漁業を復活できる状況ではありませんでした。新太郎さんは、家族と共に内陸へ避難。

1年ほど、内陸での暮らしと仕事をしていました。先の見えない将来への不安、葛藤もあったことでしょう。それでも、生まれ育った海から離れ続けることは考えられなかったと言います。

「戸倉に戻りたい」、「漁師の道しかない」との想いから再び漁師をすることを後藤新太郎さんは決断します。

写真提供:後藤新太郎さん

自分の子どもの代にも綺麗な海を残したい

1つ1つ丁寧に手間暇かけた分だけ、美味しいものが出来ることにやりがいを感じている後藤新太郎さん。

3人のお子さんをもつ新太郎さんは「子どもに漁師を強制するつもりはないが、魅力に思って、漁師を継いでくれたら歓迎する」と笑顔で話します。

変わりゆく環境への不安がないとは言えません。自然が相手の仕事のため、難しさもあります。それでも「子ども達が大きくなっても食べていける仕事でありたい」と次の世代を見据えて意気込みます。

 

後編は後藤伸弥さんについてお届けします。

こだわりの豆腐作りで仲間作り/ビーンズくらぶ

キリッと冷たい空気が張り詰める中、入谷童子下の加工場にはお母さんたちの笑い声が響いています。休耕田を活用した農作業と六次化を行うビーンズくらぶは、2019年で結成から10年。豆腐作りを通して「小遣い稼ぎ」と「仲間作り」を行っています。

失敗を繰り返して生まれた人気商品

休耕田を活用して「仲間作り」と「ちょっとした小遣い稼ぎ」ができたらよいよね、と2009年に結成されたのが「ビーンズくらぶ」。入谷地区のお母さん方6名が集まって、豆類の栽培を開始し、2015年には念願の加工場も設立しました。自分たちで育てた豆を使って、余計な添加物を使わずに作る「手作り豆腐」は、濃厚な味わいが好評で産直に並ぶとすぐに完売してしまう人気商品となっています。

11月末に大豆を収穫し、12月から豆腐作りは始まります。収穫した豆の状態だけでなく、加工する日の気温や湿度などによって微妙な調整が欠かせない豆腐作り。

「正直こんなに難しいと思っていなかった。うまく固まらなくてボロボロになってしまったり、とにかく失敗が多かった」と笑うのは阿部恵美子さん。「一年目は豆腐作りに行くのが苦痛で、なんで豆腐始めちゃったんだろうって思うほどだった」と振り返ります。

「今でも試行錯誤の連続でうまくいかないときもありますが、成功したときはとてもうれしい」と話す阿部恵美子さん。

それでも毎年回数をこなしていくうちに、コツをつかんできたという阿部さん。

「お客さんにおいしいって言ってもらえることがうれしいし、励みになります。産直でいつも買ってくださる方や、加工場に直接買いに来てくれる人がいるなどうれしい限りですね」

余計な素材は使わずにシンプルに豆本来のうまみを生かす

豆腐作りのこだわりは、自然な豆本来のうまみを生かすこと。そのため余計な添加物は利用せずに、昔ながらの手づくりの工程を大切にします。

「市販されている豆腐にはにがり以外の凝固剤が含まれていることもありますが、ビーンズくらぶの豆腐はにがりのみ。豆乳の濃厚なうまみを存分に楽しんでいただけると思います」

「アオバタマメ」と「ミヤギシロメ」という2種類の豆腐を作っているのも特徴。手間ひまかけてていねいな豆腐づくりを行うため、一回に製造できるのはわずか20丁のみ。シーズン中は毎週金曜日が製造日ですが、多くても100丁ほどとのこと。豆腐一丁ごとに、大豆のうまみも、この地で生きる人々の想いや技術もギュッと詰まっています。

手作りにこだわる!豆腐ができるまで

豆を煮る
煮た豆を絞り、豆乳とおからに分離します。熱い状態のものを手作業で行います
分離したおから。これも大事な商品となります。
「にがり」を入れた豆乳を型に流し込んでいきます。温度や湿度によって固まり方がまるで変ってくる大事なポイント

売上金で行く旅行が毎年の楽しみに

2019年に設立から10周年を迎えたビーンズくらぶ。「2019年度宮城県農村活性化女性グループ表彰」で地域社会参画部門「最優秀賞」を受賞するなど、その活動は内外に認められています。

「メンバーは80代後半から50代前半までさまざま。活動開始したときからみんな10歳年をとって身体がしんどいこともあるけれど、わいわいがやがやとお話ししながら作業できることがなにより楽しいんです」と話します。活動を通して得た利益は、メンバーで旅行に行く費用にあてるという。「今年はどこに行こうかね」と話しながら、今年の豆腐作りも始まっています。

高齢化・過疎化に伴い、コミュニティの形成に課題があると言われているなか、農作業と豆腐作りによって絆がギュッと深まった6人の活動に注目が集まっています。

自然を学び、活かす拠点に。「自然環境活用センター」悲願の復旧

東日本大震災で被災した南三陸町自然環境活用センターが、戸倉公民館2階に復旧しました。震災後に多くの研究者などが集い採集した南三陸町の生き物の標本などが並びます。2月1日には復旧を記念したシンポジウムも開催され、自然調査や研究、体験活動の拠点になることが期待されています。

平成11年に開所した町営の研究・教育機関

平成11年度(1999年度)に、南三陸の豊かな自然のなかでの生物の営みを観察し、学ぶための施設として自然環境活用センター(ネイチャーセンター)は開所しました。

南三陸町の恵まれた自然環境を活用し、地域活性化を図るために「南三陸エコカレッジ事業」を展開し、地域資源の発掘と理解、そして永続的な資源活用を目的とした調査・研究、公開講座などを企画。「海藻おしば」「スノーケリング教室」「磯観察ツアー」など、さまざまな環境教育プログラムを提供してきました。

震災前の自然環境活用センター

研究者が直接立ち上げと運営に携わった町営の研究・教育機関である自然環境活用センターは、他の市町村に先駆けて任期付研究員制度を導入するなど、専門性の高いスタッフによる運営を実現した全国的にもユニークな施設として注目を集めていました。

しかし、2011年の東日本大震災で大きな被害を受けた同施設。2階建ての建物の屋上まで水に浸かり、志津川湾の生態研究成果をはじめ、長年蓄積してきた文献や論文等の収蔵資料、800点ほどあった湾内で採集された海洋生物の貴重な標本、研究に使用してきた機材等のほぼ全てを失ってしまいました。

震災で全て流出も、長年の研究蓄積が功を奏す

そんな壊滅的な状況のなかで生かされたのが、震災前まで築いてきた全国の研究者たちとのネットワークでした。

「研究機能が停止してしまったなかでも、これまで関わりのあった日本全国の有志の方々が率先して2012年から生物調査を行い、標本を集め直す作業を開始しました」と研究員の阿部拓三さんは話します。

その後「ネイチャーセンター準備室」が設立され、町内での研究教育を行っていく体制を整えてきました。さらに自然環境活用センターの再興を目指す有志の集まりである「南三陸ネイチャーセンター友の会」のサポートもあり、地域に密着した調査や研究の教育活動を続けてきました。

「多くの人に支えられた活動によって、震災によってほとんど失ってしまった生物標本も今、1000点を超えるほど集まっています。海藻だけで220種以上、動物では600種以上の記録が蓄積されています。これまでの調査研究の蓄積が、世界的に高く評価された出来事が、志津川湾のラムサール条約湿地への登録でした」と阿部さん。

阿部拓三さん

ラムサール条約湿地に登録されるためには、9つある世界基準のうちどれか1つをクリアする必要があります。そんななか、志津川湾は5つもの基準をクリア。この数は、国内に52箇所あるラムサール条約登録湿地のなかでも、琵琶湖や北海道の風蓮湖などと並び国内最多です。

「震災で壊滅的な被害を受けても、大学との共同研究などでバックアップデータが残っていた。ネイチャーセンターが震災前から続けてきた研究の蓄積があったからこそ」と佐藤仁町長も話しました。

佐藤仁南三陸町長

戸倉公民館2階に開所「新たな拠点に」

そんな「南三陸町自然環境活用センター」が、戸倉公民館(旧戸倉中学校)2階に開所しました。

志津川湾が一望できるフロアには、これまで採集した貴重な標本や、クチバシカジカ、ダンゴウオなどの南三陸町の名物となっている生き物の水槽なども展示されています。

「震災から9年を迎えるというタイミングで、戸倉の地に戻ってこれた。この場所で新たなスタート、南三陸町の自然環境の研究・教育の拠点施設となっていくことを期待したい」と佐藤町長も期待を込めました。

標本展示では南三陸町に住むさまざまな生きものについて学ぶことができる
クチバシカジカ。南三陸ならではの珍しい生き物も観察できる
写真展示なども充実
ラムサール条約登録の「認定証」も掲示

自然と人のつながりを学ぶ

南三陸町自然環境活用センターの復旧を記念して、2月1日に開催された「復旧記念シンポジウム」では、南三陸町内で活動する子どもたちの成果発表も行われました。

2019年2月に開催された「KODOMOラムサール」をきっかけに、町の自然環境や歴史を子どもたちが学び、発信する機会を作るために結成された「南三陸少年少女自然調査隊」。八幡川や志津川湾の生きもの観察、さらには同じくラムサール条約登録地である滋賀県琵琶湖で活躍する「びわっこ大使」との交流など、一年間の成果を発表しました。

「一年間の活動を通して南三陸町にはいいところがたくさんあることに気づきました。そのことを多くの人に伝えていきたい」とこれからの抱負を述べました。これからのさらなる活動に期待を抱かせてくれます。

南三陸少年少女自然調査隊のみなさん。

南三陸町立戸倉小学校では、震災前から海の体験活動を通じた環境教育が伝統として続いています。現在小学校6年生の児童たちの海での体験活動は、防潮堤や護岸工事など海の周辺環境の変化と共にありました。

「海での学習活動を通じて海を守ることの大切さを知りました。海を守るためには山や川を含めて自然を守ることが大切。これ以上自然を壊さないで済む命の守り方を考えて生活していきたいです。命を守ることは、自然を守ることと同じだと思うからです。今残っている自然を大切にして、これからも豊かな海を守っていきたいです」と体験活動での学びを報告しました。

戸倉小学校の児童
松原干潟をはじめとして継続的な調査活動を報告した志津川高校自然科学部のみなさん

南三陸町自然環境活用センターでは、このような子どもたちの体験活動を通じて、さまざまな学びを得る施設となだけでなく、世界に誇る志津川湾の調査研究の地として、全国に向けての発信の拠点となっていくでしょう。

南三陸町戸倉地区には、この度復旧した自然環境活用センターのほかに、南三陸海のビジターセンターや志津川自然の家が、そして日本で初めての海の国際認証であるASC国際認証を取得した牡蠣養殖など「自然と人のつながり」を実感できるポイントが多くあります。全国に例を見ない「自然との共生」を学ぶエリアとして、今後に期待がかかります。

インフォメーション

南三陸町 自然環境活用センター

〒986-0781 宮城県本吉郡南三陸町戸倉字沖田69番地2(戸倉公民館2階)
電話 0226-25-9703

戸倉公民館(旧戸倉中学校)の2階に開所

南極と南三陸で「生きる」を教わった石井洋子さん。南極写真展開催中

さんさん商店街内にある「NEWS STAND SATAKE」にて写真展「彩りの南極」が開催中です。撮影したのは2015年に南三陸に移住した石井洋子さん。「南極越冬隊」として南極で生活した彼女がなぜ南三陸に移住したのか?そして、写真展で伝えたいこととは?その想いに迫りました。

NEWS STAND SATAKEで写真展開催中

南三陸志津川さんさん商店街内の「NEWS STAND SATAKE」で写真展「彩りの南極」が開催されています。写真を撮影・展示しているのは石井洋子(ひろこ)さん。「ひーさん」という呼び名で親しまれている移住者です。

石井さんは、気象庁に勤めていたころ、第49次日本南極地域観測隊に気象担当として参加、南極で越冬しました。趣味のフィルムカメラを通して写し出された世界は圧巻。思わず見とれてしまう美しさの写真が20点ほど展示されています。

「雪と氷、そして大陸の岩の世界である南極。冷たく、寂しいイメージがありますが、じつは彩り豊かな、あたたかさも感じれるような場所が南極なんです。私自身が実際に行って、『こんなに色があるんだ』って驚いたことでもあります。そんな彩りのある南極昭和基地周辺の写真をセレクトしました」と石井さんは話します。

生きるのに必要なものを教わった南極での暮らし

岡山県出身の石井さんは、子どものころから外で遊ぶのが好きで、中学生くらいから地球環境にも興味をもつようになったという。地球環境に関わる仕事がしたい、と気象庁に入庁後、気象予報士の資格も取得するなど、秋田地方気象台や福島県など東北各地を中心に活躍していました。

そんななか「年に一回提出する『転勤希望』の第一志望欄に、常に『南極』とだけ書いて提出していたんです。行けるものなら行ってみたかったですからね」と笑う石井さん。そして念願叶い、2007年11月から2009年2月までの1年3ヶ月ほど、南極越冬隊として派遣されることになりました。

憧れていた南極で気象観測を行いながら、石井さんは「人間が生きるのに必要なものを教わった」と話します。

「何もない南極で、冬は太陽も登らないような過酷な環境でどのように生きるか?もちろんわたしのような観測部門の隊員だけでは生きられなくて、隊員の中には技術者がいて、調理人がいて、医師がいて。食料も、資材も、エネルギーも必要なものはすべて持っていきます。30名ほどの隊員で小さな町みたいなのを作って、協力しあわないと生きていけなくて。モノであっても、人間関係であっても、人間が生きていくのに必要なものを、そこで教わりました」

雪上車に乗って南極を駆け抜ける石井さん(写真提供:石井洋子さん)

震災後、ロケットストーブを持って南三陸との出会い

1年3ヶ月に渡る南極での生活を終え、帰国後、いずれかは田舎暮らしがしたいとの想いを持ちながら生活していました。そんなとき、東日本大震災が発生。

枯れ葉や小枝など身近な資源を使って簡単に火を起こすことができ、暖房や調理器具としても活用できる「ロケットストーブ」を持って、被災した沿岸地域を周る活動を行っていました。2011年4月末に南三陸にもロケットストーブを持って訪れたのが、南三陸と石井さんの最初の出会いでした。

「ほかの地域と比較しても南三陸の人々がロケットストーブを必要としてくれる方が多かったんです。なぜだろう?と考えたときに、南三陸の人々は自然と道具を使いこなしていたことに気づいたんです。『こういう使い方もできるな』とか私のほうが教えられることが多かったくらい。山に囲まれ、里が豊かな南三陸町では、人と自然が近い距離で生活しているんだなと実感したのを覚えています」

たまたま訪れた南三陸での滞在から「いつかは…」と思い描いていた、自然と共に生きる「暮らし」が具体的なイメージへと変わっていきました。

その後南三陸に移住し、ロケットストーブのワークショップなどを行いながら、大工さんや畑仕事、民宿のお手伝いなどをしながら、自給自足に近い循環型の暮らしを目指しています。

「都市で生きていると自然に生かされていることを実感しにくい。けど、ここでは自然と身近だから意識することができるし、湧き水もあって、エネルギーとなる資源もあって、生きるのに必要なものがここにはあるんだなって思っています。南極での経験、教わったことが、南三陸での暮らしにつながっていますね」

普段の暮らしに想いを馳せる機会に

現在開催されているNEWS STAND SATAKEでの写真展から、石井さんは「南極がどこか遠い場所の知らない地ではなくて、少しでも身近な場所になってもらえたらうれしい」と話します。

「地球上に同じ空の下にこういう美しい風景があって、でも気候変動によってこうした自然がいつまで続くかもわからない。テレビなどでニュースを見たら、知らないところの風景じゃなくて、写真で見た風景のことだな、というふうに少しは身近な場所になってくれたらいいなと思います。SATAKEさんのおいしいコーヒーを飲みながら、地球のこととか、自然のこととか、もっと身近な普段の暮らしのことに、想いを馳せるような場所になってもらえればと思います」

インフォメーション

写真展「彩りの南極」 @NEWS STAND SATAKE
写真展開催期間:2月24日(月・祝)まで開催
時間:10:00~17:00
※火曜定休
場所:NEWS STAND SATAKE

また2月22日(土)にはトークイベントも開催されます。

「気象隊員の南極ばなし」
開催日:2月22日(土)
時間:16:00~17:30
定員:10名(予約可)
参加費:800円(ワンドリンク付)

南極をイメージした手作り雑貨も販売中
南極をイメージした手作り雑貨も販売中