シリーズ 入谷は民話の宝庫なり 第4景 坂の貝峠~残谷

入谷を歩きながら民話を紹介する本連載。今回はみちのく潮風トレイルのコース上でもある入谷最高峰の神行堂山やその近辺の集落の地名に隠された歴史についてお伝えします。

神行堂山トレッキングコース

前回は坂の貝峠に達したところまで紹介しました。神行堂山のてっぺんまでの登山道は、坂の貝峠展望台からのルートの他、石の平集落にもありました。登山口は巨石の手前です。

入谷を象徴する最高峰461mの神行堂山。石の平から登るコースには、写真のような案内板が建っています。「石の平歩け歩けの会」という団体が設置したようですが、時期は不明です。

程よく差し込む太陽の光が織り成す自然のカーテンのトンネル。足元には山ツツジの花などの植物、自然に包まれての尾根下り・・・ニホンカモシカやテンにも会える林道を下りる。体力づくりに郊外授業にも里山にエネルギーをもらう癒しの空間をどうぞ(一部省略)

と書かれており、子どもたちの遠足やハイキング等にも最適な道だとアピールしています。さらに、「ここはイヌワシの生活圏となっていて、山頂付近では時折無敵な姿を現し、ゆうゆうと旋回している姿を見ることができます」とも記されています。

かつては斜面が牧草地だったのでイヌワシの営巣も確認できましたが、杉や雑木が成長して餌を捕ることが難しくなったのか、近年、神行堂山ではその雄姿を観ることはないと言われています。

ちょぺっと寄り道…花の辻

トレッキングコースから巨石方向に進み、南に折れると、辻(つじ=十字路)がありました。この地点から見て左(東)は水仙ロードに戻る道。直進すると民家があるのですが、右(西)の道は残谷集落へと続きます。

この角に小さな花壇がありました。近づいてみましょう。

*ちなみに、青いポストのようなものが建てられていますが、新聞受けです。この地域では、玄関先まで届けてもらうのは申し訳ないと、このように街道筋に設置している家庭が少なくありません。配達してくれる新聞屋さんや郵便局員への気遣いが感じられます。

こちらの案内看板には

自然の美しさと、笑顔に出会う道 みちのく潮風トレイル 環境省と町の計らいで神行堂山懐に住む私達石の平部落に標識が設置されましたことを記念し、心のより所と花壇を造りました。花壇設置、管理、元気なさと山つくり研究会。

と書かれていました。(原文のまま)

みちのく潮風トレイルという文言がありましたので、大昔の民話ではありませんね。四季折々にきれいな花が咲いているはずなので、皆さんもぜひ立ち寄ってみて下さい。

大昔、ここにも津波が?!

石の平・花の辻を右折します。緩やかな峠道を越えると数軒の民家がありました。ちょうどご主人が畑から帰宅したようなので、お話を伺いました。

「ここはね、神行堂山の麓ではあるけど結構標高高いよね。私の家の屋号は『よらさ』と言うんだ。その意味はね、『寄る波』つまり昔のずっとむかしこの辺りにも大津波が襲ってきた・・・かも知れないって言う話も聞いてはいるんだけど、たぶん違うね」にこやかに当主阿部勝善さんは教えてくれました。

「実は、我が家の裏に小さな川があったんだ。そのことを寄る波って言っていたのかも。その頃は水が貴重だったから、それが屋号になったのかもしれないね」

津波で残った谷?!

阿部勝善さんのお宅(よらさ)から西に向かうと、だらだらと下る坂がみえます。

「その辺りは残谷(のこりや)と呼ばれている。確かに地形は小さな渓谷だね。これもまた大昔の津波で残った谷なんて言われているようだけどね」

降りきった地点には小さな川が流れていました。八幡川の源流(たらば川)で、上流には天然ワサビが育っているとの話も聞きました。下流の分岐点を西に折れると「弥惣峠」にたどり着くはずなのですが、案内板の文字はかすれて見えない状態になっています。その峠道を越えると東和町米川という集落に行き着くそうです。

追悼と継承の場に。震災復興祈念公園一部開園

八幡川西側の区域に整備していた「震災復興祈念公園」が12月17日に一部開園。東日本大震災の犠牲者を悼み、その記憶と教訓を風化させることなく次の世代に受け継いでいく場として期待されています。

「祈りの丘」「復興祈念のテラス」などが完成

志津川地区に整備を進めてきた「震災復興祈念公園」が12月17日に一部開園しました。祈念公園全体で6.3ヘクタールのうち、開園したのは、志津川湾を望む高さ約20メートルの築山にある「祈りの丘」と、旧防災対策庁舎、さんさん商店街を望む「復興祈念のテラス」など、1.2ヘクタール。

12月17日には、関係者が集うなか、「復興祈念のテラス」と「祈りの丘」の除幕式が執り行われました。

「のちに1000年に一度と呼ばれることになる大震災が発生してから、今日で3203日。ここまで決して平たんな道のりではなかった。多くの町民がまぶたを腫らし、額に汗し、またご支援いただいたみなさまに感謝し、苦闘した日々の積み重ねだった。今日、明日を生きたかった人たちの想いを、私たちは決して忘れてはいけない」と佐藤仁町長は式辞を述べました。全面開園は、南三陸さんさん商店街と公園を結ぶ中橋が完成する2020年秋頃を予定しています。

祈念公園を紐解く5つのキーワード

今回開園した1.2ヘクタールを含む6.3ヘクタールもの復興祈念公園は、「追悼」「継承」「感謝」「想像」「協働」という5つのキーワードに基づいて整備が進められています。

1.東日本大震災およびこれまでの自然災害による犠牲者を悼み(追悼)、

公園のランドマークとなる築山「祈りの丘」の頂上には、犠牲になった町民と町内で亡くなった人をあわせた804名の名前を記した名簿を納めた「名簿安置の碑」が、追悼の言葉を添えて設置されています。犠牲者の御霊に向かって手を合わせ、祈りをささげる場となります。

いま、碧き海に祈る 愛するあなた 安らかなれと

「名簿安置の碑」に刻まれたメッセージは公募から選ばれました。刻まれたメッセージを考案した鈴木清美さんは「碧き志津川湾に向かって、町民も町外から訪れた人も、おだやかに手を合わせる場所になってもらえればうれしい」と話しました。

鈴木清美さん

2.震災の記憶と教訓を風化させることなく次世代に受け継ぎ(継承)、

公園の中心には、植樹された桜が並び、「記憶の広場」と題された広場があります。そこには、失われたまちや人々の記憶を伝えていくために東日本大震災発災前の志津川地区の地図を石板に刻んだメモリアルレリーフが設置されています。

かつての町並みを思い返し、語り継ぐ場として期待される

また「祈りの丘」へと続く道のりは「記憶のみち」として整備され、東日本大震災の発生から最大津波が南三陸町に襲来するまでの出来事が、時間の経過に沿って刻字されています。頂上に向かっていくなかで自然と東日本大震災の記憶を後世に伝える場となります。

祈りの丘を登りながら当時の状況に想いを馳せる「記憶のみち」

「記憶のみち」を登りきると「高さのみち」として平たんな道が現れます。志津川地区の市街地に襲来した津波の平均高さ(海抜16.5m)に設定された「高さのみち」を歩き、周囲を眺めることによって、押し寄せた津波の高さを体感することができます。

海抜16.5mの高さで志津川地区を一望して、津波の高さを実感できる「高さのみち」

3.大自然への畏敬とともにその豊かな恵みを讃え(感謝)、

「祈りの丘」は追悼の場であるとともに、大きな恵みをもたらした大自然への感謝の場でもあります。

「祈りの丘」の頂上は、南三陸を象徴する「荒島」「椿島」「神割崎」がほぼ一直線に並ぶ位置にあります。さらに、保呂羽山・保呂羽神社と上山八幡宮をつなぐ軸が交わります。「海の軸」と「山の軸」が交わるこの場所は、古代から海と山、その自然からの恩恵の象徴となる場所に位置しています。

整備中の中橋が完成することで、さんさん商店街の往来や上山八幡宮にもアクセスが向上する

4.復興をなしとげた町の未来の姿を人々とともに想い描く(想像)、

祈りの丘のふもとに位置する「復興祈念のテラス」には、震災記憶の伝承として未来に向けたメッセージを刻み、訪れた人々が復興を祈念する場となります。

小学1年生だったあの日、この目でみたものは
まだ私の中で鮮明に生き続けている。
どうかこの町が 大好きだったあの日のように
活気と人々の笑顔であふれる町に
なりますように。

メッセージを考えた佐沼高校1年生西條瑠奈さんは「活気あふれる町になってほしい」とこれからの南三陸町の発展に期待を寄せました。

佐沼高校1年生西條瑠奈さん

この「復興祈念のテラス」からは、旧防災対策庁舎の先に新しい市街地である「南三陸さんさん商店街」が重なって見えます。震災の記憶とともに、復興とこれからの未来を想像する場となります。

5.そのための場を人々の協働によって創りつづける。(協働)

公園の東側には、地域の樹木を主とし、育てていく「みらいの森」エリアがあります。町をはじめとして、関係企業・団体などの植樹活動等も検討されていて、訪れた人の憩いの場づくりを協働で創り、維持していく場となる予定です。

インフォメーション

開園時間 9:00~16:00
公園面積 約6.3ヘクタール(約1.2ヘクタールが12月17日に開園)
全体開園 2020年秋頃予定

2020年3月9日追記)
工事の進捗に伴い、復興祈念公園の開園エリアが拡張されました。防災対策庁舎のすぐ手前まで行けるようになったほか、庁舎西側に位置し、震災伝承の活動に使ってもらおうと設けた「語り継ぎの広場」も開園となりました。

南三陸の入谷から東京の入谷へ!「WE活動展」開催

東日本大震災以降、南三陸町を中心に地域を元気にする活動を行っている「ウィメンズアイ(WE)」。WEのこれまでの活動や今後の展開について展示やお話会で紹介する「WE活動展」が、東京の入谷で開催されました。

南三陸食材たっぷりの特製バインミーが登場!

「南三陸入谷から…東京入谷に参ります!」というキャッチコピーで案内が行われた「WE活動展」。開催場所は、下町情緒が感じられる東京都台東区の入谷です。会場である古民家を改装したアートスペース「そら塾」に足を踏み入れると、南三陸の空気が流れていました。

1Fはカフェコーナーとミニマーケット。カフェコーナーでは、WEのメンバーと訪れた人々がおしゃべりを楽しみ、その脇には、WEが運営する「パン菓子工房oui(ウィ)」のパンや焼き菓子のほか、海産物など、南三陸の逸品が並びました。

思い思いに過ごせる1Fのカフェスペース

活動展の目玉のひとつは、特製のバインミー(ベトナム風サンドイッチ)。「パン菓子工房oui」と、WEと縁のある東京・江古田のベトナム屋台料理店「MaiMai」のコラボレーションで生まれました。志津川「エル・コルティッホソーナイ」の放牧豚を使用した「豚肉の甘辛焼きバインミー」と、南三陸町内の鮮魚店から直送された南三陸産の秋鯖を使用した「鯖トマトソースのバインミー」の2種類あり、どちらも絶品! 何本かテイクアウトする近所の人もいました。

「来てくださった方とゆっくりお話ししたり、くつろいだ時間を過ごしたりできるよう、1日限りのパンカフェを企画しました。バインミーはとても美味しくできたので、南三陸町でも何かの折に提供したいですね」と、WEの塩本美紀さん。ぜひ実現してほしいです…!

鯖トマトソースのバインミー。バゲットは、「パン菓子工房oui」の人気商品を、1人前で食べやすいようにと数種類のサイズを試作して用意した
ミニマーケットでは「パン菓子工房oui」のパンや焼き菓子を販売

展示とお話会でWEの「エンパワーメント」を知る。

2Fに上がるとさまざまな展示物が。WEの活動を紹介する写真、キリコや刺し子の作品、織物などが並び、WEが多様な活動を行っていることがわかります。

ほっこりする畳間でくつろぐ親子も
「さとうみファーム」の羊毛とシルク毛羽を混紡した手つむぎ糸で、南三陸町内の女性が織ったマフラー

夕方には「WEが考える女性のエンパワーメント 〜地域を元気にする女性たち〜 力をつけたら踏み出せた」と題したお話会が行われました。WEの現在の活動のキーワードとなるのが「エンパワーメント」。「力をつけること」といった意味の言葉ですが、WEが考えるエンパワーメントとは、「自分で考え、自分で選択し、自分らしく生きていくための力をつけること」です。

WEが、南三陸をはじめ東北で暮らす女性たちとともに、地域を元気に・未来を豊かにしていく活動を行うなかで見えてきたこと、そしてWEの取り組みをきっかけに、女性たちが自分をどうエンパワーし、自分らしく踏み出しているかを、事務局長の栗林美知子さんが話しました。

「WEの考えるエンパワーメントに共感しました」と感銘を受けた来場者も多く、聴き手にとってお話会がまさにエンパワーメントの場になっていました。

お話会では、WEの事務局長・栗林美知子さんと理事・田浦佐知子さんのトークに加え、ゲストの桜井愛子さん(東洋英和女学院大学大学院准教授)からのコメント・解説も

各地で活動するローカル女子をエンパワーしていく!

お話会後には交流会を開催。第2部は、SDGs(持続可能な開発目標)にも絡めて「フードロスをなくそう!」と掲げ、サルベージ・パーティー(賞味期限が切れて間もないもの、長いこと棚を占領しているもの、食べきれない食材などを持ち寄ってつくる食事会)が行われました。少しシワシワになった果物、しいたけの軸、バインミーの具の余りなどが、参加者のアイデアで美味しい創作料理に変身。残り物で作ったとは思えない素敵な料理を囲んで、初対面同士の人も自己紹介をしながらおしゃべりを楽しみました。

第2部サルベージ・パーティーの様子。美味しくクリエイティブな料理を囲んで盛り上がった

「とても雰囲気のよい会場で、WEの活動に興味を持って来てくださった方々とともに、パンカフェ、お話会、交流会と、心温まる時間を過ごすことができました」と塩本さん。「今回の活動展は、2019年夏から3年計画で行う『ローカル女子と未来をひらくプロジェクト』のキックオフとして企画しました。『ローカル女子と未来をひらくプロジェクト』は、東北被災3県をはじめとして日本各地で活動する若い世代の女性たちを支援する取り組みです。WEが南三陸を拠点にこれまで行ってきたエンパワーメントの活動を、より広い地域の人たちに紹介していくプロジェクトなので、多くの人に役立てていただけるよう、わかりやすく発信していきたいです」と塩本さんは今後の抱負を語りました。

訪れた人たちに活動の説明をするWEの塩本美紀さん(左から2番目)

女性をエンパワーし、地域を元気にする。そんなWEの今後の展開が楽しみですね!

「WE活動展」が開催された東京・入谷の古民家アートスペース「そら塾」

「しめ縄づくり」時代が変わっても受け継がれる技

南三陸町入谷地区では、正月に欠かせない「しめ縄づくり」が連日行われています。かつてはどこの農家でも作られていたが、時代の流れや環境の変化もあり、知人に委託したり、お店で買ったり…。だからこそ地域の文化を絶やしてはいけないと取り組む方々がいます。

それぞれの氏神様・神棚や玄関に。

一口にしめ縄といっても、下がりと言われる部分の数によって呼び方や用途が異なります。一般的に多いのが7本で、ちょうど神棚の幅に合う長さ。他に5本や3本もありますが、この日仕上げていたのは、「15下げ(7+5+3)」と呼ばれる一間半の長さ(約2.7m)のしめ縄でした。

「昔の家は、玄関が広かったし引き戸だったからね。最近のドア式では飾りにくいよな」作業をしていた山内貞行さんは苦笑いを浮かべます。

「農家が稲わらを編んで氏神様に飾った伝統文化。簡素化される時代だけど、これは遺したいよね」今度はきっぱり言い切りました。

正月を迎えるということ

家を守ってくれる神様(氏神・神棚・釜神など)に対して御礼と豊作を願う風習だともいわれるしめ縄。「これが正しいとか違うとかではなくて、それぞれの家でどのように行ってもよいと思う。昔から聞いているのは、当主が大晦日の午後に入浴して身を清め、神棚のある座敷にゴザを敷いて、秋に収穫し乾燥させておいた稲わらを丁寧に編み込み、和紙と松の枝をはさんで神様に飾るのが一般的。昔はね」

「正月飾りは、15日の小正月前夜に行われるどんと祭に納めるまで飾るのが慣習なんだけど、不幸があった家には出入りできないだとか、様々な不都合もあって7日(松の内)で下ろす家も多くなったな」

年末に大掃除や餅つきなどやりますが、しめ縄は大晦日に飾らないとだめなんですか?と尋ねると「どれが正解か言えないけど、29日や大晦日は嫌うよね。近年は27日か28日がベストかな」

遊びさ来ただけなのに、すっかりあてにされちゃって。

この日、山内さんと一緒に作業していたのが10区に住む佐藤和行さん。三年ほど前、しめ縄づくりをしているとの情報を聞いて、「自分が覚えるためだけに来たのに、毎年、手伝え!と半強制的に誘われる」と笑顔で話します。

最初は丸い形だけしかできなかったけど、今では全てのしめ縄を作れるようになったそうです。山内さんが「和行さんはね、入谷公民館で開催する教室の先生役もこなすんだよ」と言うと、すかさず「先生なんてできない。ただ蕎麦を食いに行くだけだ」と豪快に笑います。

工房は大切な場所

最長の七五三さげの他、七さげ、五さげ、三さげ、たが(丸い形)そしてごぼう(一本物)が作られており、この6種類のしめ縄を作る山内貞行さんと佐藤和行さんは、「七五三(なごみ)の会」のメンバー。

「七五三の会は作り専門、自宅で黙々と作っている先輩もいる。売るのは入谷の産直や歌津の産直」

文化継承そして住民交流も見据えながら日々活動しているのが七五三の会だと胸を張ります。

そして、暖房もない広い空間こそがしめ縄づくり工房。山内さんの学び舎(母校)である旧林際小学校体育館です。「ここでは、入谷打ち囃子の稽古もやっている。だいぶ老朽化しているけど懐かしいし大事な場所なんだ。校歌もそうだし遺しておきたい文化や建物がいっぱいあるんだよね」作業の手を休め、しみじみ語ってくれました。

ぶどう畑でワイン会開催。新作ワインもお披露目!

冬の訪れを感じさせるような寒さになって来た南三陸町。11月10日、入谷ぶどう畑で南三陸ワイナリー主催、「ぶどう畑でワイン会」が開催されました。50人ほどが参加し、ワインと地元食材を使った料理のマリアージュを楽しんでいました。また一足先に今年醸造されたばかりの新作スパークリングワインも、お披露目となりました。

南三陸ぶどう初収穫記念!ぶどう畑でワイン会開催

11月10日、入谷にあるブドウ畑で南三陸ワイナリー株式会社主催「ぶどう畑でワイン会」が開催されました。南三陸産ぶどうの初収穫を迎えたことと、日本ワインコンクール奨励賞受賞を記念して開催されました。当初、10月にぶどうの収穫祭と合わせて開催する予定でしたが、台風の影響により延期。11月10日の開催になりました。

会場には町の関係者を始め、これまでボランティアに参加したことがある方など約50名が参加。南三陸ワインや秋保ワイン、シードルなど数種類のワインやシードルが振舞われました。また今年醸造されたばかりの新作「DELAWARE Sparkling 2019」も発売を前にお披露目。料理は南三陸町で採れる食材を中心とした前菜、魚、肉、デザートなどの5品を提供。参加された方々はぶどう畑と周辺の景観を楽しみつつ、料理とワインのマリアージュを楽しんでいました。

「秋鮭の洋風巻きずし」「ホヤのサラダ」
「入谷産イバリ子豚の赤ワイン煮」 ワイン「秋保メルロー 2018」

「DELAWARE 2018」 宮城県初となる奨励賞受賞!

2017年春からスタートした南三陸ワインプロジェクト。当時、秋保ワイナリーで製造しているシードルに入谷産のリンゴを使用していました。そのお礼として、ぶどうの苗を100本寄贈され、試験的に栽培したことがきっかけで南三陸ワインプロジェクトが始まりました。

それから2年。南三陸ワイナリー株式会社、初めての商品である「DELAWARE 2018」が日本ワインコンクール奨励賞受賞に至りました。山梨県で行われる日本ワインコンクールでは、日本ワインの品質向上と認知を広めることを目的に開催され、毎年、全国各地から数多くの日本ワインが出品されています。「DELAWARE 2018」について醸造責任者である正司勇太さんは「2018年のぶどうは、質が良く、自然と良い発酵をしてくれたので良いワインに仕上がった」と話します。また今後に向けては「この受賞を励みに、宮城県産のワインが盛り上がっていけばいいな」と話していました。

南三陸ワイナリー株式会社 栽培醸造責任者:正司勇太さん
南三陸ワイナリー株式会社 代表取締役:佐々木道彦さん

今年は天候に恵まれず、ぶどう作りの大切さを痛感

ワイン会で一足先にお披露目となった「DELAWARE Sparkling 2019」。

今年は梅雨が長引いたことなど天候不順のため、仕上がったぶどうの酸が強くなったと言います。香りも少し弱かったことから、早熟の完熟したぶどうをブレンドすることで、バランスのとれた1つのワインとして仕上げました。

三陸に伝わる「きりこ」をラベルに使用。

また、今年初収穫を迎えた南三陸産のシャルドネ。こちらも梅雨が長引いたことや、収穫間近に動物の被害にあったことから予定していた収穫量の2~3割ほどに。そのため南三陸産シャルドネを使ったワインの一般発売は難しく、ワイン会などのイベントで今後提供していく予定です。

風土や気候によって様々な風合いを見せるのが魅力の1つ。正司さんは「昨年はぶどうの質に恵まれたこともあり、今年はワインを醸造するにあたって、原料であるぶどうの大切さを改めて痛感した年だった」と振り返ります。

それでも今年のワインを口にした参加者からは「初々しさを感じられるワインで、料理にとても良く合う」。「日本ワインに偏見を持っていたけど、今回南三陸ワインを口にしてみて、とても美味しかった」ととても好評でした。

南三陸の誇れる産業を目指して

「まだまだ納得できるようなワインはできていない。少しずつでも、納得できるワインを目指します」と正司さんは話します。また続けて「南三陸町が誇れる新たな産業になっていければ」と今後の展望を話していました。

今回、提供された「DELAWARE Sparkling 2019」は11月14日に発売。「DELAWARE 2019」も間もなく発売を予定しています。その他にも今年は南三陸町産りんごを使ったシードルのほか、赤ワイン、ロゼワインの発売も予定。来年には新たに300本のぶどう植樹や、夏には町内に醸造所の建設も予定しており、益々盛り上がりを見せます。新商品も待ち遠しいですが、今後の活動にも注目です!

【南三陸ワインプロジェクト】

Facebook:https://www.facebook.com/msr.wine/

HP・オンラインストア:https://www.msr-wine.com/

東京で南三陸を知るきっかけに!一日限りの食堂オープン

11月11日に東京浅草橋のゲストハウス「Little Japan」にて、「きっかけ食堂@東京vol.20~秋の味覚大集合!南三陸!~」が開催されました。企画する「きっかけ食堂」のメンバーに話を伺いました。

毎月11日に東北食材を食べる「きっかけ食堂」

東京の下町浅草橋。「地域と世界をつなぐ」をコンセプトにしたゲストハウス「Little Japan」の1階にある「Cafe&Bar」にて、毎月11日に東北の食材を扱ったイベントが開催されています。11月11日は南三陸がテーマに食材がズラリ。店内には30名もの参加者が集い、交流を図ったり、美味しい食材に舌鼓を打ったりしながら思い思いの時間を過ごしていました。

会場となっている「Little Japan」

「きっかけ食堂」は「東北の食材を使った料理やお酒を提供し、その味を通して、毎月11日だけでも東北や震災について考える“きっかけ”を作りたい」との想いで2014年5月に学生3名(当時)で立ち上がった団体です。

以来継続して活動を展開。現在では、京都・東京・愛知・仙台・大阪・島根・徳島・千葉の8ヶ所で毎月11日に食堂を開いています。

「生産者の魅力やストーリーを伝え、食べる人と生産者がつながる“きっかけ”を作ること。またお客さん同士が共通の話題をもってつながる“きっかけ”を作ること。それが私たちの狙いです」と話すのはきっかけ食堂代表の原田奈実さん。

この日も、毎月足を運んでくれるリピーターから初めて訪れたというお客さん、年代も大学生から社会人までさまざまな年代が集まった会場を見まわしながら、目を細めます。

「きっかけ食堂」の運営メンバー。右上が代表の原田奈実さん。(写真提供:きっかけ食堂)

「大好きな南三陸を東京で発信したい」

今回の「南三陸」企画を中心となって実施したのは、大正大学地域創生学部3年生の那須彩乃さん。大学1年生のときに、大学のプログラムで宮城県南三陸町に約40日間の長期実習で町に滞在して以来、大学が主催するツアーや、イベントのお手伝いのみならず、旅行としても南三陸を訪れるなど3年間で10回以上は足を運び続けるほど関係性を築いてきました。

大学の友人と南三陸のイベントボランティアに参加したときの様子

「繰り返し南三陸に訪れるなかで、南三陸が第二のふるさとのような感覚となっていきました。今暮らしている東京で、大好きな南三陸を発信することができないか?と考えるようになっていきました」
そんななか出会ったのが、東北の食材を提供して東北を知るきっかけを作る「きっかけ食堂」でした。

「私自身も東北の“食”が大好きで、“食”はその場所の魅力を伝えるのにとてもよいツールだと感じており、メンバーになることにためらいはありませんでした」

那須さんは、今年の秋も長期実習として約40日間南三陸に滞在。大学のプログラムと並行しながら現地で開催に向けた調整を続けてきました。

漁師や現地のお母さん直伝の料理でおもてなし

食材は、毎月各地の生産者から直接仕入れ、メンバーが調理を行います。

「11月の南三陸ということで、すぐに秋鮭が思い浮かびました。南三陸を代表する食材である秋鮭をどのように調理して提供するか、という点も実際に秋鮭漁を行う漁師さんと直接お話しをして決めていきました」

わかめやホタテ、タコ、ムール貝など南三陸を代表する食材で貫くというこだわりを実現できたのも、何度も南三陸町に足を運んでいたからこそ。

漁師の小野具大さんから仕入れた秋鮭をムニエルで。
金比羅丸の高橋直哉さんから仕入れたホタテを刺身で。
南三陸ワイナリーが手掛けた「DELAWARE 2018」と地元のお母さん直伝のおつまみ「ピンチョス」

「このとき、旬な海鮮はなんですか?と何人もの漁師さんに聞いて回った結果です」と話す那須さん。

「今回、震災後の取り組みで生まれている『南三陸ワイン』を仕入れたのですが、それに合うおつまみを、“南三陸のお母さん”と呼べるような方に教えてもらったりしました。今回のイベントを企画していくなかで、これまであまり多く話すことのなかった漁師さんなどとたくさんお話しをしました。何度も南三陸に訪れいている私自身もたくさんの“きっかけ”を得られたイベントとなりました。鮭を仕入れることを決めても捌いたことすらなかった私に、漁師さんが実際に捌き方を教えにきてくれたり、このイベントを実現するためにたくさんの方の協力がなければできなかったので南三陸の方々には感謝しかありません」

魚の捌き方を教えていただいたという井尻一典さん(右)と高橋真策さん(左)

考え抜いた料理の評価も上々。会場あちこちから「おいしい!」「もっと食べたい」などの好評の声が上がっていました。

「これからも大好きな南三陸を発信していくために頑張っていきたい」と意気込んでいます。

農家と子どもたちの笑顔が仕事のやりがい。

稲刈りを終えた田んぼに入る、ひときわ目を引くキャタピラ車。生ごみを分別してエネルギーに変えるバイオガス施設「南三陸BIO」で出る副産物の液体肥料の散布車だ。

液肥散布を行う有限会社山藤運輸の西城勝志さんは、もともと製造業で工場に勤務していた。東日本大震災を機に「地元に貢献できるような仕事をしたい」という一心で20年間勤めてきた会社を退職。未経験だった運送業に飛び込んだ。ちょうどそのころ、町は循環型社会を理想とし、その実現に向けて歩み始めたときだった。

「15年ほど前に、循環とかバイオマスについて本を読んだりして一人で学んでいたんです。この土地を生かすには、それしかないかなと思っていたのですが、まさかこうして、何年もたってから直接的に関わることになるとは思ってもみなかったですね」と笑う。稲作では年に2回、春と秋に液体肥料を散布。里の資源を循環させる大切な役割を担っている。

「地域の農家さんのお役に立てたと実感できたり、社会科見学や出張講座のときに子どもたちが楽しそうにしていたり。そういう場面に出会えるのがこの仕事のやりがいです。循環型社会への取り組みもまだまだ手探りだけど、10年後、20年後によい結果になっていると良いなと思ってやっています」

2019年11月30日/定点観測

南三陸町市街地の復興の様子を定点観測しています。戸倉地区、志津川地区、歌津地区の3箇所の写真を公開しています。

写真をクリックまたはタップすると大きくなります

戸倉地区

撮影場所 [38.642969, 141.442686

パノラマ

志津川地区

撮影場所 [38.675820, 141.448933

パノラマ

パノラマ

パノラマ

パノラマ

歌津地区

撮影場所 [38°43’5″ N 141°31’19” E

パノラマ

他の定点観測を見る

「松原公園」で運動会開催!世代・国籍を超えた交流育む

11月17日に、移転復旧を終えた松原公園のオープンを記念して「南三陸スポーツフェスティバル~スポフェス~」が開催されました。180名以上の町民が集い、6つの競技を通して順位を競い、交流を深めました。

復旧した松原公園に世代・国籍を超えた町民が集う

かつて南三陸町志津川の海岸近くにあった松原公園は、スポーツなどはもちろん町民が気軽に集まれる憩いの場として存在していました。しかし、東日本大震災によって被災してから、閉鎖されていました。高台造成や移転などの復旧作業がすすむなか、町民の憩いの場であった松原公園も、2019年夏に内陸の志津川中学校下(志津川助作)で移転復旧が完了。

復旧した松原公園。公園のほか300mトラックと野球場を完備

11月17日(日)に、松原公園オープン記念「南三陸スポーツフェスティバル~スポフェス~」が開催されました。

「新しくなった松原公園も、日常的に遊ぶ子どもたちや、グラウンドゴルフなどで利用する高齢者、高校生の部活動や草野球などみなさんにとっての楽しいひと時を過ごす場となるように、たくさんの人に来ていただける場になってほしい」と佐藤仁町長は期待を込めました。

「スポフェス」開会に先立って公園オープンを記念して行われたテープカット

北風が吹きすさぶなか、小学生から80代までさまざまな世代の町民180名以上が集い、暑い戦いが繰り広げられました。さらに水産加工会社などに所属する外国人実習生も多く集い、さまざまな人が交わる場となっていました。

オリジナリティある競技で交流深める

180名の参加者は「カキ」や「タコ」「サケ」など南三陸の海産物にちなんだ6チームに分かれ、6つの種目を実施。約30名で1チームとなるため、同じチームとはいえ所属も年齢も国籍もさまざま。チームの中から選抜選手を出す競技もあれば、全員参加の競技もあり、競技を楽しみながら自然と交流が生まれていきました。

選手宣誓を行った山内柊翔さんと沼倉颯太さん

「震災後のコミュニティづくりの場になれば」と実行委員会が企画したスポフェス。南三陸ならではのオリジナリティある手作りの競技を企画しました。

「てんでんこリレー」は、非常用品の持ち出しや消火器を使用した初期消火、骨折を想定したチームメンバーの応急手当や、毛布を活用した簡易担架での搬送などの防災の要素をリレー形式にしたもの。

「てんでんこリレー」の様子
毛布と竹で簡易担架を作りケガ人を搬送する「てんでんこリレー」
「てんでんこリレー」の様子

さらに、志津川高校の生徒が考案した、南三陸を代表するキャラクターの着ぐるみをバトン替わりにしてリレーを行う「南三陸キャラクターリレー」や、南三陸に関することを出題する「南三陸〇×クイズ」など、競技を通して自然と南三陸のことを知り、愛着が深まるような仕掛けがされていました。

モアイなどのキャラクターの被り物をバトン替わりに走る「南三陸キャラクターなりきりリレー」

人気キャラクターオクトパス君を全員でつなぐ「オクトパス君リレー」
人気キャラクターオクトパス君を全員でつなぐ「オクトパス君リレー」
飲食店ブースも出店

「より全町的なイベントとして継続していきたい」

外国人技能実習生もスポフェスをおおいに盛り上げていました。ベトナムから南三陸に来ているフィン・コン・ヴォンさんは、母国で日本語を学んでいた経験等から実習生への通訳としてもスポフェスで貢献していました。

「私の住んでいる地域では、地域で運動会を行うということはないから、今日が初体験でした。いろんな人たちが集まってとても楽しかったです。みんなの協力があったからこその、今日の成果だと思うので、みんなとても喜んでいます。今日の競技のなかでは綱引きがいちばんおもしろかった。みんなで力を合わせてやるということはとっても大切なこと。またぜひ参加したい」と話していました。

外国人技能実習生のみなさんもたくさん参加して、運動会を盛り上げた
ベトナム出身のフィン・コン・ヴォンさん
フィンさんが一番楽しかったという「綱引き」

いよいよ復活した松原公園に世代を超えた方々の笑顔があふれる場となったスポフェス。

「来年は事業所などのほかに行政区なども巻き込んで、より全町的なイベントにしていきたい」と実行委員メンバーは意気込んでいます。

優勝した「ワカメ」チーム