「移住してよかった!」と心底思える町です/中村悦子さん

南三陸に生きる⼈を巡り、⼀巡りしていく連載企画「南三陸ひとめぐり」。第9弾は、地域おこし協力隊として神奈川県から移住をしてきた中村悦子さん。仕事、暮らしなど、移住ライフの本音に迫りました。

縁もゆかりもなかった南三陸へ

町内はもちろん、アンテナショップでもお土産や贈答品としても大好評の缶詰がある。『タコのアヒージョ』や『カキの醤油佃煮』など海の恵みがギュッと詰まった人気シリーズを製造するのは、地元のお母さんで構成された「南三陸おふくろの味研究会」。その事務局を務めるのが中村悦子さんだ。

中村さんは神奈川県藤沢市出身。南三陸はおろか、東北に縁もゆかりもない生活を送っていた。そんな中村さんが初めて東北を意識したのは2011年の3月11日だった。

「そのとき、東京で入院をしていたのですが、震災の映像をテレビで眺めることしかできず、何もできない自分にもどかしい思いを抱いていました」

友人たちがボランティア活動をしていたこともあり「いつかは被災地に行ってみたい」と思っていたという中村さん。

「2014年10月にボランティアで初めて南三陸に来ました。そこで出会った海で生きる人たちに魅了され、彼らの力になりたいという一心で、繰り返しボランティアに訪れていたんです」

何度か南三陸を訪れるうちに、「移住」ということを意識するようになった。人材会社やIT業界などさまざまな業界を渡り歩いてきた中村さん。ハードな日々を送るかなかで「このままでいいのか」という思いも抱いていた。

「東京で働いていたけれど、田舎暮らしへの憧れもありました。さらに、何度も南三陸に訪れるうちにどんどん人との絆が深まっていって、もっと寄り添った活動がしたいと思うようになったんです。ちょうどタイミングもよかったので、移住の決断に躊躇はありませんでした」

「ボランティアをしにきたのに、逆に勇気づけられていた」と毎月のように足を運んだ

地域おこし協力隊の一期生として缶詰工房で奮闘!

そして昨年から南三陸町で導入された「地域おこし協力隊」の制度を使い、2016年4月に移住した。

「地域おこし協力隊」とは、地方自治体が都市住民を受け入れ、「地域協力活動」に従事してもらい、定住を図りながら、地域の活性化につなげる制度。南三陸町では2016年度に第一期生として3名の受け入れを実施。新規農業振興や地域資源を活用した事業化、そして教育旅行受入れ拡大のための民泊推進委員として活動を行っている。

第一期生として活躍する中村さんは「おふくろの味研究会」の缶詰工房で、南三陸の魚介を活かした新商品の開発と製造、販売に取り組んでいる。しかし、移住をしてきた初めての土地で、地元の方々、しかも60代から70代という先輩方と仕事をともにすることには苦労も多かったという。

「信頼関係を構築するのに時間がかかってしまい、お母さんたちのまとまりもなかったんです。ですが、缶詰も売り上げが伸びてきたり、細かいことでも情報共有したりすることで、まとまりがでてきました」

高級感のあるパッケージはお土産のほか贈答品にも好評だ

不安だったのは車の運転くらい!

「移住」という大きな決断の裏には、不安や葛藤というイメージがつきものだ。しかし、何度もボランティアで南三陸に通い、知り合いも増え、生活の勝手も知っていた中村さんは、移住にあたって大きな不安もなかったという。

「唯一不安だったのは車の運転。そもそも車の免許を持っていなかったので…笑 会社を退職して、翌日から教習所に通って免許を取得しました」と笑う。しかし運転に慣れるのに時間はかからなかった。

「あんなに不安だった運転も、今では大好きに。休日に温泉や道の駅へのドライブが息抜きになっています。山もあって、海もある。運転しながら見える外の景色が本当にきれいなんです」

移住で大切なのは人とのつながりを大事にできるか

仕事、そしてプライベートでも移住ライフを満喫している中村さん。そんな中村さんに南三陸のよいところを尋ねると、

「何よりも人がすごくあたたかい。漁師の友人から食材をゆずってもらえたり、畑をやっている人からはたくさんの野菜をもらったり。自分が困ったときは、進んで助けてくれる。だからとっても暮らしやすい。海も山もあって、こんなに恵まれているところはないですよね」と目を細める。

だからこそ、「地域の人と馴染める人、地域の人に可愛がってもらえるような人に、これからも移住をして来てほしいですね。それが移住してからうまくいくかどうかの秘訣だと思います」

南三陸は、大型ショッピングモールや娯楽施設もなければ、鉄道も通っておらず、決して便利な場所ではない。そんな町だからこそ、色濃く残っている人と人のつながり。それを大事にしていくことが、この町で充実した移住ライフを送る鍵になるのかもしれない。

移住者と地元の人が重なり合って生まれるパワー

人口流出に悩み、高齢化がすすむ南三陸町。しかし、とくに震災後は、南三陸の風土・文化・気質に惚れて中村さんのように都市部から移住をするものも多い。外からやってきたからこそ気付く、南三陸の豊かさがある。そこにこれまで地元の人が培ってきたものが重なり、化学変化がおきる。

移住をしてまもなく1年がたつ中村さんもその舞台にたつひとりだ。地域おこし協力隊としての任期は残り2年。

「南三陸のおいしい魚介をより多くの人に知ってもらいたい。そのためには製造も、営業も、広報もより軌道にのせていかなくてはいけないですね。そして、地元の若い人が『ここで働きたい』と思える場にしていくことが目標です」と意気込む。さらに中村さんは、こう続けた。

「南三陸に残って、ここで暮らしていきたいです。それくらいいい町ですから」

この言葉に、移住の充実さがにじみ出ていた。

人の生活とまちづくりを支える / 南三陸町移住支援センター

2016年8月末に開設した「南三陸町移住支援センター」では、南三陸町に移住を考えている人への各種情報提供や窓口相談を行っています。どのようなところなのか、担当の片山真平さんと國枝万里さんに話を伺いました。

「南三陸町総合戦略」の移住・定住促進策として、移住総合窓口を開設

全国で少子高齢化・人口減少が進むなか、南三陸町は東日本大震災で甚大な影響を受けたこともあり、人口減少は特に深刻な問題となっています。そこで、少子高齢化・人口減少への対応と活力ある持続可能な地域の実現を目的に、2016年1月に「南三陸町総合戦略」が策定されました(同年12月に一部改訂)。その中の基本目標のひとつとして、町として初めて、移住・定住促進への取り組みを掲げました。

その柱のひとつが、移住総合窓口の開設です。2016年8月31日、町役場第2庁舎1階に「移住支援センター」がオープンしました。移住相談を受けたり、南三陸町の仕事や生活情報の提供を行ったりしています。「窓口に直接来られるのは、近隣自治体からの方が多いですね。南三陸町に働きに来ていて、住むところを探している人が多くいらっしゃいます」と、スタッフの片山真平さんは話します。

笑顔が素敵な南三陸町移住支援センターの片山真平さん
笑顔が素敵な南三陸町移住支援センターの片山真平さん

また、首都圏で開催される移住イベントなどへの出展にも力を入れています。「昨年10月に転職フェアに出展したところ、ブースには55名が立ち寄ってくれました。『南三陸町で仕事を探している』という人から、転職フェアに来て初めて『こんな暮らし方ができるんだ』『こんな仕事があるんだな』と発見される人まで、さまざまな方がいらっしゃって…。それぞれのニーズに合わせた移住支援の必要性を感じました」と片山さん。今後、南三陸で若い人がやってみたいと思うような仕事を開拓していく必要があると考えています。

南三陸町ならではの魅力を、実感を込めて伝えていく

南三陸町への移住・定住を促進するうえで、南三陸町ならではの魅力をどのようにアピールしているのでしょうか。気仙沼出身のスタッフ、國枝万里さんに、南三陸の魅力は何かを聞いてみました。「森・里・海がコンパクトにかたまっているところですね。人と人とのつながりも魅力です。また、がんばる人を応援してくれる土壌があるので、新しいことにチャレンジしたい人には最適な場所だと思います」と國枝さん。

スタッフの國枝万里さんは、隣の気仙沼市から通っている

また片山さんは、町のことをもっと知ろう、魅力を自分の肌で感じようと、町のイベントに足を運んで町の人たちと積極的に交流しているそうです。「たとえば、南三陸町が目指している『持続可能なまちづくり』といっても、言葉で聞いているだけではピンと来ませんが、実際に町での取り組みを目の当たりにすれば、その意義を深く理解できます。そうやって南三陸町のよさ・魅力を体感すれば、業務においても実感を込めてアピールすることができます」と片山さんは話します。

その南三陸町の魅力をどうやって伝えるかがポイント。「パンフレットなども作成していますが、イベントなどで直接話をするのが一番だと思っています。今はここに注力していきたいですね」と片山さん。昨年11月には「南三陸応縁団」の首都圏イベントにも参加しました。今後は、首都圏に加え、仙台からの移住者を呼び込むため、仙台でもイベントを開催したいと考えています。

また、移住体験ツアーも何度か実施する予定。昨年12月上旬の第1回ツアーには、8名が参加しました。今すぐに移住したいというわけではないが、引き続き検討したいという人が多く、手ごたえを感じています。12月下旬には南三陸町移住支援センターのホームページが開設。イベント情報や各種支援制度、移住者インタビューなど、移住を検討するのに役立つ情報が掲載されています。

南三陸町移住支援センターウェブサイト

南三陸町移住支援センターウェブサイトの画面

移住後のフォローも含め、移住者の活躍をサポート

今後の抱負を、片山さんと國枝さんに伺いました。「まずは、南三陸町に住んでもらうことを成果として出していきたいですね。しかし、南三陸町に来てもらって終わりではありません。大事なのは、来てから活躍してもらえること。それをサポートしていくことも私たちの役割です。移住してきた人へのフォローとして、移住者同士、また移住者と町民との交流会を実施しています」と片山さん。國枝さんは、「どんどん外に出て町の人とつながっていきたいです。そうすることで、たとえば空き家の情報など、表に出てこない情報を拾うことができると思いますし。また、自分自身が町のよさを体感して、それを伝えていきたいですね」と話します。

「移住支援センターの仕事は、相談に来た人へのカウンセリングをはじめ、広報や各種コーディネート、ツアーガイドまで、ほんとうに多岐にわたります。やることがたくさんあって大変ではありますが、人の生活を支える・人生に深く関わるというのは、とてもやりがいのある仕事。まちづくりの重要な役割を担っていることの責任感を胸に、気を引き締めてがんばっていきます!」と片山さんは熱く語ってくれました。

新しい土地に移住するとなると不安もいろいろありますが、片山さんや國枝さんのように親切にサポートしてくれる人がいれば心強いですね。南三陸への移住を少しでも考えている人は、どんなことでも気軽に相談してみましょう。

「みなさんのお越しをお待ちしています!」

インフォメーション

南三陸町移住支援センター

電話番号:0226-47-1880
開催曜日:月・木・金・日の場合
南三陸町役場 第2庁舎1階
〒986-0725 宮城県本吉郡南三陸町志津川字沼田56-2
開催曜日 土・祝日
南三陸ポータルセンター内
〒986-0768 宮城県本吉郡南三陸町志津川字御前下51-1
定休日・受付時間
定休日  火・水・年末年始(祝日を除く)
受付時間 9:00~17:00
※火・水曜が祝日の場合は次の開設日が休みとなります

移住者も安心!充実の住環境をサポート! / 官民連携推進室 移住担当者インタビュー

移住を決断するにあたって大きなハードルが住居。南三陸町ではハード面もソフト面も充実のサポートを行っています。今回は南三陸町の住環境について南三陸町企画課の阿部大輔さんに話を伺いました。

町営で格安で入れる賃貸物件もあります

―南三陸へ移住を希望する際にどういった物件がありますか?

まず南三陸町では、東日本大震災の教訓を踏まえ、「なりわいの場所は様々であっても、住まいは高台に」を基本原則としています。したがって、住まいの場所は高台や内陸部にあります。

そうしたなかで、南三陸町への移住を希望している方が入居する候補となる物件は、現時点で下記が考えられます。

①定住促進住宅
②町営住宅(災害公営住宅)
③定住準備住戸
④民間の賃貸アパート
⑤空き家などの戸建て物件

―いくつか候補があるのですね。①の定住促進住宅から内容を伺えますか?

はい。定住促進住宅は、2011年に東日本大震災の被災者の仮設住宅として、宮城県産木材を利用し建てられた木造の仮設住宅が役目を終えたことから、町が材料などを再利用し、移住者向けに建築した長屋式の建物です。2015年8月から町外に住所を有する40歳以下の人を対象に公募したところ、募集戸数を上回る応募をいただき、現在は満室となっています。特徴としては後ほど紹介する町営住宅と違い入居資格に所得制限が無く、家賃も低く抑えられているところです。

歌津地区にある定住促進住宅

―とても魅力的な物件ではありますが、数が限られてしまっているのですね…。②の「町営住宅(災害公営住宅)」はどういったものでしょうか?

被災者向けに整備された災害公営住宅は、当初入居意向があった戸数を整備しましたが、様々な要因で入居意向を取り下げた方等の住宅が空き住戸となっている現状があります。このような住宅を、まだ再建を終えていない被災者の意向を十分に確認した上で、被災者以外の方からも、つまり一般の町民や移住希望者へ町営住宅として提供することが可能になりました。一部住宅では既に募集(入居)が開始されております。

この災害公営住宅の一般開放については、災害公営住宅の完成と被災者の入居が進むにつれて、今後さらに募集を行う見込みとなっています。ただし、扱いは一般の町営住宅と同じ基準になるため、被災者以外の方で入居申し込み出来る方は、入居世帯の収入要件(月額所得158,000円を超えない方)や、住宅に困窮しているなどの条件があります。

集合タイプの災害公営住宅の一例。今後一般にも開放されていく予定。

―定住促進住宅や災害公営住宅があるのですね。定住促進住宅と似た名前の、定住準備住戸とはどういったものでしょうか?

災害公営住宅の一般開放や町内の住宅環境が整うまでもう少し時間がかかるため、現在も被災者が利用している仮設団地の空き室を、移住希望者に貸し出すこととした住宅になります。この住宅の目的は、移住希望者が抱える問題としてインターネットなどで住宅情報が少なく、現地に来ないと住宅が見つかりにくいということがあります。そのため、一時的な滞在先として使っていただきたいと考えております。貸付料も2DK(居室4.5畳)で11,000円と低価格で借りることができます。

ただし、先ほど話したように仮設住宅をそのまま利用しているので、仮設住宅の終了する平成30年3月31日の期限がくると契約の更新はありません。そのため、おおよそ1年間以内に定住先住居を確保していただくことになります。

情報発信や住宅の確保など、さまざまな取り組みを実施

―町営の物件以外の、民間のアパートなども南三陸にはありますか?

もちろんあります。しかし、震災によって民間のアパートも被災しました。震災後に建てられたものもありますが、まだまだ棟数も限られているうえ、人気となっています。そのため、そのほとんどが満室となっているようです。タイミングがよければアパートタイプの賃貸物件もありますが、都心のように空部屋を探すのは難しい状況ですし、家賃も田舎だから安いといった状況には必ずしもありません。このような状況を踏まえ町が家賃助成制度を立ち上げた経緯があります。

―地方というと空き家であったり、古民家というイメージがありますが南三陸の場合はいかがでしょうか?

すでに南三陸に移住をしてきた方も空き家や古民家を改装して住んでいる方もいます。

とくに都会から移住を希望する人からは、アパート暮らしではなく“南三陸らしい”、“田舎らしい”暮らしを送りたいという声が聞かれます。そうした方のために、現在、町で「空き家バンク」の構築を進めています。移住希望者のニーズにこたえ、地域に存在する空き家を生かした取り組みをすすめて、さまざまな住環境を提供できればと考えています。

移住者が借りている古民家の一例。ちなみにこの物件の家賃は月2万円だそう

住環境を充実させて移住者の増加へ

―幅広い選択肢のなかから住居を選べるのはよいことですね。先ほどの話にあった家賃助成制度とはどのようなものでしょうか?

はい、南三陸への移住定住促進を目的に、南三陸での賃貸住宅で移住生活を始める際、家賃の一部が補助される「移住者向け南三陸町賃貸住宅家賃助成事業補助金」という支援制度です。

さまざまな条件はありますが、子育て世代は月額2万円を上限に、その他の世代は月額1万円を上限に最大24ヶ月にわたって補助する仕組みです。

―ハード面でもソフト面でも、移住者にサポート体制が整備されているのですね。

南三陸町は東日本大震災で、ただでさえ少ない平地部が大きな被害を受け、とくに住環境においては周辺自治体と比較してもこれまでも決して恵まれているとは言えませんでしたが、震災を期に高台移転を進めたことで安全な住環境が整いつつあります。今後積極的に移住者の受け入れを推進していくには、補助制度や住環境の充実が不可欠と考えており、行政としてできうる限りの対応をしていきたいと考えています。

住環境は日々状況が変わっていくので、最新情報は移住支援センターや南三陸町役場企画課までお問い合わせください。

―ありがとうございました。

インフォメーション

南三陸町役場企画課
電話番号:0226-46-1371

南三陸町移住支援センター

電話番号:0226-47-1880

開催曜日:月・木・金・日の場合
南三陸町役場 第2庁舎1階
〒986-0725 宮城県本吉郡南三陸町志津川字沼田56-2
開催曜日 土・祝日
南三陸ポータルセンター内
〒986-0768 宮城県本吉郡南三陸町志津川字御前下51-1
定休日・受付時間
定休日  火・水・年末年始(祝日を除く)※
受付時間 9:00~17:00
※火・水曜が祝日の場合は次の開設日が休みとなります

 

〈2月8日放送〉みなさんぽ

「オープニングコール」は花の店あん芳賀純子さんから始まり、「まちのひと」はビーンズくらぶ阿部恵美子さんビーンズくらぶについてです!

そして、今週のイチオシのコーナーはパティスリークリコ「ハートの和生菓子ともち粉チョコロールのバレンタインデーギフトセット」です!

オープニングコール

花の店あん芳賀純子さん

 

まちのひと

ビーンズくらぶ阿部恵美子さんビーンズくらぶについてです!

 

今週のイチオシ

南三陸のスイーツ工房「パティスリークリコ」の新商品「ハートの和生菓子ともち粉チョコロールのバレンタインデーギフトセット」です。

その名の通り、バレンタインデーにあわせた特別セットです。もちもちとした触感で人気のもち粉ロールは、プレミアムチョコと、バレンタイン限定のココアラズベリーの2種。さらに、紅白の色があざやかな、かわいらしいハート型の和生菓子をあわせ、それぞれ2個ずつ計6個のセットにしました。

パッケージもかわいく、贈り物にぴったり。大切な方へはもちろん、ミニサイズになっているので、友チョコとしてみんなで分け合うにもおすすめですね。

お値段は税込み1000円。南三陸町歌津地区のニュー泊崎荘館内にて販売しています。もしくは、南三陸の特産品を扱うオンラインショップ「南三陸deお買い物」にて注文を承っています。

ニュー泊崎荘では、本日2月8日より店頭で販売しておりますが、オンラインショップの予約注文につきましては、明日2月9日(木)に注文を締め切り、順次発送をしていくとのことなのでご注意ください。

南三陸のスイーツとして大人気の「パティスリークリコ」の商品をこの機会に楽しんでみてはいかがでしょうか?

商品詳細

南三陸deお買い物
お問合せ:0226-36-3905(パティスリークリコ)

 

〈2月1日放送〉みなさんぽ

「オープニングコール」は椎彩杜 高橋浩幸さんから始まり、「まちのひと」は小野勝良さんでみなさん館についてです!

そして、今週のイチオシのコーナーは椎彩杜「しいたけ炊き込みご飯の素」です!

オープニングコール

椎彩杜 高橋浩幸さん

 

まちのひと

小野勝良さんでみなさん館について!

 

今週のイチオシ

オープニングコールをしていただいた髙橋浩幸さんが常務を務める株式会社椎彩杜の「しいたけ炊き込みご飯の素」

こだわりの椎茸を使った炊き込みご飯が手軽に食べられると好評の本品。水加減したお米の上に本品を乗せて、後はスイッチを入れるだけ。手軽においしい炊き込みごはんを楽しめるとあって、忙しいお母さんにも大好評です。炊き立てのふわっと広がる香りのよさと、うまみがしみこんだご飯に思わず箸がすすんでしまいますね。

レトルトパックになっているので、長期保存ができるのもうれしいポイント。常備しておくとなにかと便利な一品です。

お値段は1袋550円。南三陸直売所・みなさん館ほか椎彩杜のオンラインショップでも販売中です。

この機会にこだわりのしいたけを手軽に楽しんでみてはいかがでしょうか?

オンラインショップ
お問い合わせ:0226-46-2237 (株式会社椎彩杜)

ママライターがオススメする子育て支援センターの便利な利用方法

南三陸子育て支援センターにあまり知られていない利用の仕方、役割、思いなどを取材に行ってきました!!

南三陸町子育て支援センターの日常

ちょうど取材当日は、毎月第3木曜日に開催されているお誕生日会が行われていました。支援センターの利用はママや妊婦さん、祖父母などのどなたでもご利用になれます。

現在の利用者は地元出身の親子だけではなく、県外からお嫁に来たママさんも多く、親子でものづくりをしたり、歌を歌ったりとても楽しんでいました。

支援センターでは第一木曜日は読み聞かせ、第2木曜日は工作、第3木曜日はお誕生会、第4木曜日は音楽広場が開催されます。

昨年は震災後初めての三地区合同運動会を開催する事ができ、今後は地元食材を利用しての親子クッキングを予定しているそうです。南三陸町の子育て支援センターは、職員さんが子ども達と一緒に遊んでくれて、ママ達からも信頼が厚く、とても明るく、楽しく、憩いの場所です。

ママ達と寄り添って

子育て支援センターでは、保健師さんと保育士さんを交え平日9時~17時の間で事前申し込みをしていただければ、育児相談も可能です。だいたいはママ達との何気ない会話から育児環境やお子さんの成長について相談を受ける事が多いそうです。

気軽に話せて、親身になって聞いてくれるので、ママ達は先生に聞いてもらうだけでも気が楽になるそうです。

新たな利用の試み

志津川地区の支援センターはお昼も持ち込むことができ、利用親子同士でお昼も一緒に食べることができます。やはり一緒に食事を楽しむことで、仲がよりいっそう深まるそうです。

お子さんにとっても同じくらいの子と食べる事は、とても良い環境だと思いました。

他には、外部との交流幅を広めていきたいと、リフレッシュ体験でエステやヨガ、ハンドマッサージなどの体験も行い、地元のママサークルなどの団体とも連携しながら「教えるのではなく、みんなで考える」利用しやすいセンターを目指していきたい、と話されていました。

そして、いずれは一時預かりを可能にしたりするなど、ソフト面、ハード面でも充実させていきたいとも話されていました。

間を取り持ってくれるパイプ役のお手伝い

町の乳幼児健診に出向き、センターのPRを行っているそうです。やはり時間が経つと、グループが自然にできてしまうので、なかなか初めての方は利用するのに勇気がいるそうです。

そこで、センターのスタッフが間に入り、すでに利用している方と初めて利用する方とのパイプ役になり、多くの方が気軽に利用しやすくなるお手伝いができたらと考えてくれていました。

取材してみて

スタッフのみなさんはとても接しやすく、雰囲気もとても明るい南三陸町の子育て支援センター。ママ達の憩いの場で、子ども達の成長をママ達と一緒にスタッフの方々も喜んで、見守ってくれているありがたい場所だなと感じました。

ずっと住み続けようと決めた町 / 移住者 吉田雅子さん

南三陸に嫁に来た方を巡って、普段の思いや生活を紹介する「嫁めぐり」第2弾!!他県から移住し、南三陸町民になった方をご紹介します。

埼玉県羽生市出身で現在1児のママになった吉田(新井)雅子さん(28歳)。

南三陸町へボランティアに来たきっかけ

「震災の報道を実家で見て、まだ復興が進んでいない現状、ボランティアの数が足りていない事を知り、南三陸町へ拠点を置く支援団体にボランティアに来ました。南三陸町の現状を自分の目で見たい、自分にも何かできる事があるかもしれないという思いで、はじめは2泊3日の短期で、ボランティアに申込みました。」

雅子さんは、地元で介護職に就いていたため、様々あるボランティアの中、介護施設での支援へ。

方言が理解できなくとも笑顔でカバーしながら活動をしていると、施設の利用者から「あなたが来てくれてうれしい。ありがとう」という言葉を頂き、それがすごく心に残ったとのこと。

ボランティアは2泊3日の予定でしたが、2ヶ月、1年とどんどん長くなり、南三陸町が好きになっていき、この町から離れたくないと思っていたそんな時、旦那さと出会い結婚となりました。

旦那様との出会い、結婚の決め手は?

旦那様の学さんとの出会いは、ボランティア。旦那様も南三陸町民でありながらも支援団体の初期メンバーとして活動を行っており、ボランティア仲間でした。

最初は友人関係で、旦那様が所属していた町内のよさこいをお祭りやイベントで見て、ダンスが好きな雅子さんもメンバー入りし、練習などに送迎してもらううちに本音が言える存在に。一緒に居て素になれ、ほっとできる存在と感じ、学さんからの告白からお付き合いがスタートし、学さんの温かい家族に迎えられながら結婚。

2人の宝物結真君の名前の由来は?

現在、生後10カ月の(取材当時)の結真君。

とても愛嬌が良く、みんなに愛されてすくすくと成長中です。

名前は生まれてきたわが子を見て、人と人との結びつきを大切に何があっても自分の道を真っ直ぐ進んでほしいという思いを込め、たくさんの候補がある中、2人で決めたそうです。

嫁いで大変な事、良い事は?

一番はやはり言葉(方言)だそうですが、今はだいたい理解できるようになったそうです。

「ご近所さんの繋がりが強く、一つの大家族のようで、家族や色んな人の手を借りながら子育てが出来る。一歩外に出れば誰かと繋がれる事がありがたいです」と。

愛息子の結真君へひとこと

「環境、人と人とのつながりや関わりを強く大切にし、健康でのびのび成長し、何でも挑戦していってほしいです。」

〈1月25日放送〉みなさんぽ

「オープニングコール」は恋岬のプロジェクトの佐藤良夫さんから始まり、「まちのひと」は明神崎荘で佐々木さんで明神崎荘についてです!

そして、今週のイチオシのコーナーは金比羅丸「花咲くわかめ」です!

オープニングコール

恋岬のプロジェクトの佐藤良夫さん

 

まちのひと

明神崎荘で佐々木さんで明神崎荘についてです!

 

今週のイチオシ

歌津地区の漁師、金比羅丸船長の高橋直哉さんが作る「花咲くわかめ」です。

「肉厚で歯ごたえのあるわかめは、一度食べたらとりこになる」と言われるほど人気の南三陸歌津地方のわかめ。地元住民にはもちろん、観光客にもおすすめの南三陸の代名詞ともいえる商品です。そんな三陸産わかめの葉肉が、もっとも厚くなる時期は南三陸で桜が咲き誇るころ。その時期に収穫したわかめを、花の形に手作業で切り抜いて乾燥させました。スープに入れれば1~2分で、花がぱっと咲き誇ります。見た目の華やかさにリラックスして心も晴れやかになるでしょう。三陸沿岸の荒波にもまれながらも、しっかりと肉厚に育ったわかめは、受験という厳しい環境のなかでもがんばってきた受験生のようすを表しているようですね。

価格は税込み1袋648円です。詳細は、金比羅丸のホームページからお問い合わせください。

本格的に始まる受験シーズン、ゲン担ぎに「花咲くわかめ」を食卓に取り入れてみてはいかがでしょうか?

ホームページ
お問い合わせ 080-8210-6262(金比羅丸・高橋直哉さん)

ともに家づくりを! 南三陸町の移住・定住促進が本格化 / 官民連携推進室 阿部大輔さんインタビュー

2016年1月に策定された「南三陸町総合戦略」で、移住・定住の促進を打ち出した南三陸町。実際の取り組みや今後の展開について、南三陸町 企画課 地方創生・官民連携推進室の阿部大輔さんに話を伺いました。

移住・定住促進を掲げた「南三陸町総合戦略」とは?

―まず、「南三陸町総合戦略」について簡単にご説明いただけますか?

少子高齢化・人口減少が進むなか、各自治体は対策を余儀なくされています。南三陸町は、東日本大震災で甚大な影響を受けたこともあり、人口減少は特に深刻な問題となっています。

そこで、少子高齢化・人口減少への対応と活力ある持続可能な地域の実現を目的に、2016年1月に「南三陸町総合戦略」を策定しました(同年12月に一部改訂)。その中の基本目標のひとつとして、町として初めて、移住・定住促進への取り組みを打ち出したのです。

―それまでは移住・定住促進には町として力を入れていなかったのでしょうか。

震災前は、人口流出をいかに防ぐかということに重点を置いていました。しかし震災後は、ボランティアの方々を含めて交流人口が増えたこともあり、外から人を呼び込もうという発想に切り替わったのです。国が掲げている地方創生の影響もあり、移住・定住促進を事業としてしっかり進めていこうということになりました。

―「南三陸町総合戦略」の基本目標2「私たちはともに未来を拓く人々が集う家(まち)をつくります」ですね。「まち」を「家」で表しているのは……?

これは、現在住んでいる人も、帰ってくる人も、これから入ってくる人も、一緒に未来を創っていく場所・集える場所(=まち)を、家族が集う家のような存在としたいという思いを表現したものです。

情報発信や住宅の確保など、さまざまな取り組みを実施

―移住・定住促進のため、具体的にどのような取り組みを行っているのでしょか。

ひとつの柱は移住総合窓口の開設です。2016年8月に「移住支援センター」をオープンし、移住相談を受けたり、首都圏で開催される移住セミナーに出展したりしています。また、移住・定住を促進する上で欠かせないのが、住宅の確保です。南三陸町では、町内の住宅環境の整備に時間がかかるという事情がありますので、まずは家賃補助や仮設住宅の一時利用などを進めています。

―移住・定住には、まず住む家が必要ですもんね……。

そこが私どもとしても心苦しいところでして……。空き家バンク制度の構築も進めていますが、まだ制度設計段階です。今年いっぱいで住宅環境が整ってくると思いますので、そのときに向けて、今は情報発信を含めた地道な種まきをしておこうかと。

―情報発信ではどのような点に力を入れていますか?

ホームページや移住セミナーなどで、地域の魅力を発信しています。特に、国際森林認証「FSC」や養殖水産物に対するエコラベル「ASC」認証の取得など、南三陸ならではの地域資源をアピールするようにしています。また、南三陸の魅力はなんといっても「人」なので、移住セミナーや移住ツアーなどで実際に交流することを大切にしています。

南三陸町の移住・定住促進の取り組みについて話をする企画課の阿部大輔さん

南三陸町が目指す移住・定住のカタチとは?

―町としては、どのような人に移住・定住してもらいたいと考えているのでしょうか。

移住・定住促進といっても、ただ頭数を増やせばいいと考えているわけではありません。地域がうまく回っていくことが重要なので、町民と協力して「家(まち)」をつくっていってくださる方に来てもらいたいですね。また、町の活性化、持続可能な地域づくりという観点からは、起業家精神を持った方も必要としています。結果的に地域の魅力アップにつながれば、必ずしも移住・定住にこだわらなくてもいいと思っています。幅広く多様な人材を受け入れていきたいですね。

―今後の展開や、力を入れていく点について教えてください。

お試し移住(ショートステイ)の実施や、空き家バンク制度の構築にも、順次着手していきます。空き家バンク制度については、制度だけつくっておしまい、ではないと思っています。顔が見える仲介をするなど、受け入れ地域の人々にも安心感を与えられるようなサポートが必要だろうと……。移住・定住する側にとっても、何かあったときに頼ったり相談したりできる先があるかどうかがカギになります。双方の安心感のためには、地域ぐるみで取り組む必要性があると思っています。

南三陸町にはいいもの・いいところはたくさんありますが、そのどれかひとつを打ち出したからといって、簡単に人を呼び込めるわけではありません。移住・定住促進だけでなく、総合戦略のほかの取り組みもあわせて進めてこそ、地域の活性化につながります。そんなふうにして、一緒に「家(まち)」を作っていける人に、ぜひ来てもらいたいですね。

―ありがとうございました。

志津川高生の力で町民バスが復活!南三陸モアイバス贈呈式レポート

「南三陸町をモアイで盛り上げよう」と6年前から活動を続けてきた志津川高校。その取り組みが実を結び、津波で流された町民バスが復活しました。モアイバス贈呈式の様子と、高校生たちの取り組みを紹介します。

志津川高校が「南三陸モアイバス」を町に寄贈

2016年12月20日、「南三陸モアイバス」が志津川高校より町に寄贈されました。モアイバスは、津波で流されてしまった町民バス「いしゃりくん」に代わる小型バス。町民バスの復活を目指す志津川高校生たちが、モアイをモチーフにした缶バッジやストラップなどを製作・販売し、購入資金を賄いました。

同日に志津川高校で行われた贈呈式には、全校生徒や卒業生、佐藤仁町長、支援者・関係者ら300人ほどが出席。寄贈者挨拶として、生徒代表の佐藤大輔さんが「南三陸町でバスを走らせるという先輩たちの目標を、自分たちの代でかなえることができてうれしく思います。モアイバスにはたくさんの人の想いが込められているので、有効に活用してもらいたいです」と話しました。

壇上で挨拶をする高校3年生の佐藤大輔さん

バスの寄贈を受け、佐藤仁町長は、「震災後は町民バスの貸し出しができず、復興に向けたさまざまな活動がなかなかできないという状況にありました。こうした中、志津川高校のみなさんが町民バスの復活に向けて取り組まれ、多くのご支援を得てバスを寄贈していただくことになり、町としては喜びひとしおです」と感謝の気持ちを表しました。

壇上で記念のレプリカ鍵を受け取る佐藤仁町長(中央左)

南三陸をモアイの町に!「南三陸モアイ化計画」って?

町民バスの復活に取り組んできたのは、志津川高校の情報ビジネス科の生徒たち。2010年に立ち上げた「志高マーケティンググループ」で、南三陸町の活性化に向けて何かできないかと動きだしたのが、そもそもの始まりでした。南三陸町を全国に発信するためには、まず自分たちが町のことを知らなければ……と、南三陸町について調査を実施。南三陸町のあちこちで見かけるモアイ像に関心を持った生徒たちは、「モアイを活用して町おこしをしよう!」と決めました。こうして始まったのが、「南三陸モアイ化計画」です。

生徒たちは、町のPRにつなげるためにモアイ像をキャラクター化。モアイクッキーやストラップ、ステッカーなどの製作・商品化に取り組み、町内のイベントなどで販売しました。これらの活動は当時、モアイを活用したユニークな地域おこしとして、多くのマスコミに取り上げられました。

モアイキャラクターを製作する「南三陸モアイ化計画」メンバーの志津川高生

活動が盛り上がってきた矢先、2011年3月11日に東日本大震災が発生。南三陸町は壊滅状態となり、取り組みを続けるのは難しいと思われました。しかし「こんなときだからこそがんばってほしい」という町民の声に励まされ、生徒たちは活動を再開。「小さくてもできることから始めよう」と、2011年5月、町外から復興支援に来ていた警察官に、感謝の気持ちを込めて「モアイ復興プレート」を贈呈しました。

「モアイ復興プレート」贈呈の様子

なぜ南三陸町にモアイ像が? 深まるチリとの友好・交流

ところで、モアイ像といえばチリのイースター島。それがなぜ南三陸町にあるのか、ご存知でしょうか? 南三陸町は、1960年に発生したチリ地震津波で大きな被害を受けました。この津波の記憶を未来に伝えようと、30年後の1990年に国鳥コンドルの碑がチリから贈られ、翌1991 年には、復興と防災のシンボルとして、志津川地区の松原公園にモアイ像が設置されました。

しかし、東日本大震災で公園は被災し、モアイ像は流出。その後モアイ像の頭部が発見され、志津川高校の敷地内に移設されました。

東日本大震災の津波で流出し、志津川高校の敷地内に移設されたモアイ像の頭部

志津川高校の「南三陸モアイ化計画」の取り組みはチリ側にも伝わり、2012年3月にはチリ大統領が来校。大統領は、イースター島の石で新たなモアイ像を製作し、南三陸町に寄贈する意向を表明しました。そして2013年5月25日、新しいモアイ像が南三陸町に到着。イースター島の石を使って彫られたモアイ像が島外に出るのは、世界で初めてのことでした。

サンゴと黒曜石でできた目が入っているが、目のあるモアイ像は世界でもめずらしい

津波で流された町民バスの復活に向けて

南三陸町の復興のために何かしたいという想いで、「南三陸モアイ化計画」のメンバーは、津波で流された町民バス「いしゃりくん」を復活させようと考えました。オリジナルのモアイ缶バッジとストラップなどを製作・販売し、その売上でバスを購入して町に寄贈することを計画。さんさん商店街や福興市などでの販売活動に取り組んだ結果、2013年11月に約450万円を町に寄付することができました。2015年6月には、さらに200万円を町に寄付。寄付金総額は650万円となり、町民バス購入の目途が立ちました。

2016年7月に情報ビジネス科の課題研究授業で町民バスのデザインコンペが行われ、3年1組の佐藤莉紗さんのデザイン案が採用に。モアイ像に加え、「希望」の花言葉をもつガーベラや、南三陸町の海をイメージしたブルーのラインをあしらったバスが完成しました。贈呈式の際、佐藤さんは、「南三陸町のいいところや、チリとの関わりがパッと見てわかるようなデザインを心がけました」と話してくれました。

モアイバスのデザインを手がけた志津川高校3年の佐藤莉紗さん
町を飛ぶトンビも描かれている

これからも南三陸町のために何かしたい!

立ち上げから6年を経て、町民バスの復活につながった「南三陸モアイ化計画」。東日本大震災など困難にも直面してきましたが、「モチベーションが下がることはありませんでした」と、サポートしてきた情報ビジネス科の佐々木宏明先生は話します。「毎年うまく引継ぎができているのも、プロジェクト継続のポイントだと思います」と佐々木先生。「プレゼンテーションがうまくなるなど、生徒たちのコミュニケーション能力の向上も、プロジェクトの成果ですね」。

町民バスの寄贈という目標を達成した「南三陸モアイ化計画」の今後について、佐々木先生に聞きました。「町の復興に向けてまだまだやるべきことはありますが、本来の目的であった町の活性化につながることができればと思います。いずれにしても、“南三陸町のために何かしよう”という基本は変わりませんが、チリにお礼がしたいという気持ちもあります。これから、次の活動に向けていろいろと考えていきます!」

南三陸町がどのように「モアイ化」されていくのか、ワクワクしますね♪

情報ビジネス科の佐々木宏明先生(右)と「南三陸モアイ化計画」歴代メンバーの卒業生たち。「モアイバスが走るところを早く見たいです!」と、初代メンバーの西條裕喜さん(右から2番目)