志津川の海をダイビングで魅了!

この夏、海とともに生きる南三陸にとってこの上ない観光コンテンツが復活した。2019年7月、南三陸町志津川にオープンしたダイビングショップ「GruntSculpin南三陸店」。

オーナーの佐藤長明さんは、23歳の時、旅行で訪れたパラオでダイビングに魅了された。その後各地で潜り、ガイドとしての技術を習得すると、小さな時から遊びで潜っていた地元で2005年にダイビングショップを創業。クチバシカジカやダンゴウオを志津川湾で発見し写真に収めると、全国のダイバーから注目を集めた。しかし、経営が軌道に乗ってきたころに、東日本大震災が襲った。

自宅や店舗、すべてを失っても「海」への想いは揺るがなかった。「志津川と親戚のような関係」と話す函館・臼尻で2012年7月にダイビングショップをオープン。好評を博すなかで、志津川での再開を待ち望む声にも出会った。

多くの宝を奪い去った海。その海で観光してもよいものか、と悩まされたこともあるという。しかし、「いつまでも『復興』とは言ってられない。観光地として外の人に来てもらう。そのために、ぼくができるのは、潜って海の魅力を見つけ、美しい写真を撮り、ガイドをすること。それが地域の魅力を高め、地域の食の印象も高めていく」佐藤さんは力強く話した。

2019年8月31日/定点観測

南三陸町市街地の復興の様子を定点観測しています。戸倉地区、志津川地区、歌津地区の3箇所の写真を公開しています。

写真をクリックまたはタップすると大きくなります

戸倉地区

撮影場所 [38.642969, 141.442686

志津川地区

撮影場所 [38.675820, 141.448933

歌津地区

撮影場所 [38°43’5″ N 141°31’19” E


他の定点観測を見る

入谷は生きものの宝庫!生きもの観察会を実施

7月25日に入谷地区で「入谷の田んぼの生きものきもの研究」が行われました。昼と夜の2部で行われ、入谷の子どもたちや近隣住民が参加。実はこの入谷地区、県内でも上位に入るほど田んぼに生息する生きものが豊富です。当日観察した生きものたちと共に、イベントの様子をお伝えします。

入谷生きもの研究実施!

中干と呼ばれる工程が終わり、田んぼに再び水が張られるこの季節。ムシムシとした曇り空の中、「生きもの研究」が昼と夜の二部構成で行われ、夏休みに入ったばかりの子どもたちや近隣住民が参加しました。講師に入谷地区で何度も生物調査を行っている向井康夫先生案内のもと行われました。

向井先生は県内を中心に、様々な場所で生きもの観察や子ども向けのイベントを実施しています。これまでも、入谷小学校の子どもたちを対象にした生きもの観察を行っています。今回参加した子どもたちの中には、向井先生を知っている子もおり、「むかっち博士」の愛称で親しまれていました。

カエルにコウモリ!盛りだくさんの研究会

昼の部では、カエルを中心に水辺に生息する生きものの採取と観察を行いました。子どもたちは、虫捕り網や素手で生きものを捕獲。大小様々な生き物たちを捕まえることが出来ました。捕まえた生きもので一番多かったのは、やはりカエル。同じ種類のカエルでも、大きさも違えば模様も少しずつ違っていました。それぞれ捕まえたカエルを観察して、特徴を捉えてスケッチ。その後は、水中の生き物たちをルーペで観察しました。

夜の部では、生きものの声を聞きながら入谷地区を散策。カエルの声の聞き分けや、バット・ディテクター(コウモリ探知機)を使って、コウモリを探しました。場所によっては、虫の声も聞くことが出来ました。すべての水辺に同じカエルが生息しているとは限らず、地形や環境によって聞こえてくる声も様々。大きく3種類のカエルの鳴き声を確認することができました。

夜の部に参加した大人の参加者からは「耳を澄ましてみると多くのカエルたちがいるんだ」といった感想がでていました。子どもたちに限らず、大人にとっても住み慣れた地域の魅力を再発見するような機会になったようです。

捕まえたカエルをよく観察して、色塗りをしていく
水カマキリやゲンゴロウ。その他、目を凝らしてやっと確認できる生物たち。

地元の人にとってみれば、当たり前のようにいる生きものたちですが、入谷地区の田んぼに生息している生きものは、約60~70種類と県内でも多いと話す向井先生。田畑のすぐそばに雑木林や杉林があること、谷型の地形、冬にあまり乾燥しないといった入谷地区特有の自然環境が影響しているのではないかと話します。

生きものの不思議さ、面白さを伝えたい

小さい時から生きもの観察が好きだった向井先生。こういった観察活動を通して、子どもたちに「面白い、楽しい」と思ってもらいたい。また大人も、地元の生態系に目を向けるきっかけになって欲しいと言います。

生きものの解説をする向井康夫先生

現在は県内を中心に、今回のような、観察会や生きもの調査を各地で実施し、生きもの観察の面白さを伝える活動をしている向井先生。今後も入谷地区のみならず、観察会などのイベントを県内各地で予定しています。

今回の観察会では子どもはもちろんのこと、大人も楽しむことが出来ました。普段の生活では、生きものを観察する機会はないものです。海洋生物に限らず、里の生きものたちも豊富である南三陸町。豊富な生きものが生息しているのも、この町の魅力です。みなさんも身近な生きものを観察してみては、いかがでしょうか?新たな発見があるかもしれません。

 

子どもたちと八幡川の生物調査!身近な自然に絶滅危惧種も発見!

7月20日に南三陸町内の小中学生で構成する「南三陸少年少女自然調査隊」と志津川高校の自然科学部の生徒が、八幡川下流域の生物調査を実施。震災後、大きく環境が変化する中、ニホンウナギなど絶滅危惧種にも指定される貴重な種も発見されました。

南三陸の自然を発信!南三陸少年少女自然調査隊

2018年10月、南三陸町志津川湾がラムサール条約に登録されました。登録を記念して、2019年2月に開催された「KODOMOラムサール」。開催地となる湿地の魅力について、学び、考え、行動する学習教育プログラムには、熊本から北海道まで9のラムサール条約登録湿地から小学4年~6年生32名が参加をして、南三陸町の宝を考えていきました。

KODOMOラムサールに参加した子どもたちに加え、新規の参加者も交え、町の自然環境や歴史を子どもたちが学び、発信する機会を作るために「南三陸少年少女自然調査隊」を結成。調査隊には小学4年から中学1年までの14名が参加し、月に1度のペースで活動を実施しながら、同じくラムサール条約湿地に登録された地域の子どもたちが活躍する滋賀県琵琶湖との交流、2020年2月に東京で開催予定の「KODOMOラムサール」への参加を予定しています。

志津川高校自然科学部の生徒と八幡川を生物調査

その「南三陸少年少女自然調査隊」の初めてのフィールドワークが7月20日に実施されました。今回実施したのは、南三陸町志津川の中心部を流れる「八幡川」の下流域の生物調査。この調査は、志津川高校自然科学部の生徒が東日本大震災の被害と、その後の復旧・復興過程における環境変化を調べるために2018年から実施しているものです。

今回は、8名の隊員と、自然科学部の生徒、町関係者が一緒に調査しました。調査をするのは2ヶ所。河口から700メートルほどの志津川小学校下の海水と淡水が混じっている汽水域と、河口から1.5キロメートルほどの志津川中学校下の淡水域。

海水がまじりあう八幡川下流の汽水域の調査地点
八幡川中流域の淡水域の調査地点

「汽水域と淡水域では生息する生物も違ってくる。その違いを、実際に自分たちで生き物を捕獲しながら実感してほしい」と南三陸町自然環境活用センターの阿部拓三さんは話します。

仙台の環境調査会社株式会社エコリスの専門家による指導のもと、「さで網」という道具を川中に入れて生き物を採集します。

実際に川に入って生き物を採集していく活動に子どもたちは大興奮。笑い声や驚きの声が響いていました。

二ヶ所の調査で多様な生物を発見

河口に近い汽水域では、アユ、クサフグ、ヌマガレイ、ボラなどの魚、ヌマチチブやミミズハゼ、シロウオなどハゼ科の魚が見つかりました。さらに、絶滅危惧種にも指定されているニホンウナギの幼魚も発見。ほかにもモクズガニやケフサイソガニなどカニの仲間、ゲンゴロウの仲間であるキベリマメゲンゴロウやカゲロウの仲間、ゴカイの仲間であるイトメなどの多様な水生生物も見られました。

採集した生物はパレットに入れてみんなで観察
株式会社エコリスの旗さん等専門家による解説に子どもたちも興味津々

中流部では、ウグイやアブラハヤのほかに、全国的には珍しく絶滅危惧種に指定されているウツセミカジカも発見されました。モンキマメゲンゴロウ、キベリマメゲンゴロウ、トビケラ、コヤマトンボの幼虫のほか、川の水がきれいで、なおかつ海にすぐに注ぐような川でしか見られないヒメサナエの幼虫など希少な生き物も多く見つかりました。

環境が変化しても多様性を維持する生物

河川堤防の工事のほかにも、震災前は地域住民で川岸に生えているヨシの草刈をしてましたが、震災後は高台移転で近隣に住む人がいなくなり、地域住民による川岸の管理は難しい状況にあるなど、震災前後で、川の形態は、流れそのものも、川岸の環境も大きな変化がありました。

そうした変化が生物にとってどのような影響を及ぼしているのかを観察するために昨年から調査は行われています。

今回の調査のなかで、絶滅危惧種に指定されているニホンウナギを両地点で発見。同じく絶滅危惧種である、シロウオを汽水域で、ウツセミカジカを淡水域で発見しました。

全国的には希少なニホンウナギも町内ではよく見られる

とくにウツセミカジカのような川で生まれ、一度海に行って成長してから川に戻ってくるという特徴をもっている、海と川を行き来する「回遊魚」と呼ばれる種が多くみられました。回遊魚は、堰堤(えんてい)がある河川などでは生きていくことができず、八幡川においては魚が成長に従って海と川を回遊できる環境にあることの証明だといいます。

ウツセミカジカ

また今回確認した種に外来種が一種類もいないことは貴重なことだと話し、大きな河川では確認できる種の半分以上が外来種ということも珍しくないと話します。

阿部拓三さんは「南三陸の川に子どもたちの『わー』『すごい』『見てっ』といった元気な声が戻ってきたことが何よりもうれしい」と目を細めます。「子どもたちには環境が大きく変わっている状況も見てもらって、そうした中でも生物はしっかりと生きているということを実感してほしい。そしてこういった自然もまだ残っているということを誇りに感じて、この町で暮らしてほしい。工事現場やコンクリートはどうしても人を遠ざけてしまうものではあるけれど、身近なところにも沢山の自然があります。その自然環境をみんなで守っていくためにも、まずは身近に感じて、親しんで、楽しんでいただける機会をこれからも提供していきたい」と意気込みを語りました。

小型電気自動車で南三陸をゆるりとドライブ!「Ha:mo南三陸」

南三陸町では、2019年7月20日から9月末までの期間限定で、小型電気自動車「COMS」の貸出サービスを行っています。その名も「Ha:mo南三陸」。どんなドライブなのでしょうか? 入谷を走る里山周遊コースを体験しました!

「Ha:mo南三陸」で新しいスタイルのドライブを!

これまで、公共交通機関を利用して南三陸町にやって来る観光客にとっては、町内での移動手段の確保がネックとなっていました。そんな交通課題を解決する次世代型カーシェアリングサービスの実証実験が、2019720日に南三陸町でスタートしました。トヨタ自動車が進める「Ha:mo(ハーモ)」です。

南三陸町では、小型電気自動車「COMS(コムス)」が5台導入され、「さんさん商店街」で3台、「南三陸まなびの里いりやど」(以下、いりやど)で2台、貸し出しを実施。「Ha:mo南三陸」は、町内の移動手段としてだけでなく、新たな観光プログラムとしても期待されています。その魅力を探るため、いりやどを拠点とする2時間の「里山周遊コース」を利用してみました。

1人乗りの小型電気自動車「COMS」

Ha:mo南三陸」の利用には事前予約が必要。予約時間までに「いりやど」へ行き、貸出手続きを行います。スタッフから注意事項や免責事項の説明を受け、操作方法についてレクチャーしてもらいました。

映像でも操作方法を確認する
COMSに移動し、スタッフから説明を受ける

無事に貸出手続きを終え、いざ出発! 動き出すと、普通の自動車とは違う乗り心地や操作性に、なんだかワクワクしてきました。2時間、どんなドライブになるのでしょうか? 安全運転で行ってきまーす!

いりやどを出発。ドアがないので風通しがよく爽快だ

入谷地区の名スポットに立ち寄りながら里山周遊。

専用の観光ナビタブレットを車内に設置し、ナビにしたがって走ります。最初の目的地は「ひころの里」。江戸時代に建造された旧入谷村村長・須藤家のお屋敷で、かつて養蚕で栄えた入谷地区の面影を残す歴史遺産です。

いりやどを出発して5分ほどで「ひころの里」に到着
駐車時はカバーを閉めるのを忘れずに
松笠屋敷とも呼ばれている立派な家屋

ひころの里で入谷の歴史を感じたら、次は「校舎の宿さんさん館」へ。緑がまぶしい田園風景を眺めながら、のんびり走ります。

のどかな里山の景色に癒やされる
「校舎の宿さんさん館」に到着! 1999年に閉校となった旧林際小学校をリノベーションした体験宿泊施設だ
中に入ると懐かしい雰囲気の漂う廊下が
「かもしか文庫」という名の図書室でひと休み

次に訪れるのは、入谷のパワースポット、神行堂山麓の巨石。少し山のほうへ入っていきます。

生い茂る緑の木々の中に案内板が。神聖な空気が流れているように感じる
「正直者は通り抜けられるが、よこしまな心を持っている人は通り抜けられない」という伝説のある巨石の割れ目くぐりにチャレンジ

4番目のスポットは入谷八幡神社。宮城県内でも有数の大木が生育している、鎮守の森です。

車を停めて参拝
境内には、スギをはじめ、アカマツ、ヒノキ、カシなどがそびえる

最後に「入谷Yes工房」に立ち寄り、南三陸のキャラクター「オクトパス君」のグッズを買って、いりやどに帰ります。

入谷八幡神社を下っていくと「入谷Yes工房」がある

2時間のドライブを終えて、無事にいりやどに戻ってきました! 小型電気自動車を運転するのは初めてでしたが、すぐに慣れて、もっと乗っていたいと思ったほど。なかなか体験できない小型電気自動車に乗ること自体が、ひとつのアトラクションともいえます。

そこまでスピードは出ないけど、小回りがきいて坂道もラクチン。のどかな入谷地区を周遊するのにCOMSはぴったりです。地面が近く、風をダイレクトに感じるため、普通の自動車で走るよりも、自然が身近に感じられました。

みなさんも、「Ha:mo南三陸」でのんびりドライブを楽しんでみませんか?

シリーズ 入谷は民話の宝庫なり 第2景

入谷押舘から下ったせせらぎ(桵葉川)のちょっと上流に行くと入谷三山のひとつ「神行堂山」がはっきり見えてくるポイントがあります。地域住民が管理する水仙ロードとして美しい光景が、代掻き作業が終わったばかり田んぼとのコントラストが美しい春浅いころでした。

ちょぺっと寄り道…水車小屋

ひころの里から重ね石まで寄り道しながら歩いてきた前回。今回はその続きを歩いていきたいと思います。

重ね石(続石)のちょっと上流、神行堂山方面との分岐点近くに水車小屋があります。志津川町が、平成17年4月に整備した『せせらぎ水土里公園』。この中では水車を使った精米も行っているそうです。

農村では過疎化や高齢化が進行しており、かつては普通に機能していた集落の力が弱くなってきました。美しく快適な農村空間を維持していくためには、そこに暮らす人々が主体的にその役割を果たしていくことはもちろんのことですが、このままでは農業が果たしてきた重要な役割が機能されなくなる恐れがあります。人と自然が共生する田園風景は、日本人の心の原風景となっています。略 この公園は、自然とのふれあいを通じた環境教育、情操教育の場や、美しい景観を活かした憩いと交流の場として整備しました。土の臭いやその感覚、せせらぎの音やそこに息づく生き物たちを五感で感じながら、豊かな心を育んでもらいたいと考えています。

『せせらぎ水土里(みどり)公園』案内看板より抜粋

峠に現れる美しい水仙ロード

校舎の宿・さんさん館(旧林際小学校)の手前を右折します。今回目指す巨石は神行堂山の中腹にあるので山の神平方面に向かいます。

入谷を象徴する最高峰461mの山。神行堂という山名の由来は山岳修験に関わるとされ、高野山や弘法大師ゆかりの逸話があるそうです。

この【木もれ陽の道】と称される峠道には、地域住民が管理する水仙ロードがあり、春先には見事な光景を作ってくれます。車を降りてゆっくりのんびり散策するのもお奨めです。

スイセンの花が一段ときれいに咲き誇るところに『石の平方面』と書かれている看板があり、左折するよう促しています。

ずっと昔、みすぼらしい一人の僧がこの地を訪れて「ここは景色も良いし、お寺を作りたい」と言い、村の人たちに資金を出してくれるようにお願いした。

が、なかなか援助してくれる人はなく、僧は四角い大きな石で座禅を組んでは村を廻って仏の道を説いて歩いた。さすがにお寺作りが無理だと断念したとき、ずっとお世話してくれていた家人に「守り神の大石を形見に残す」と言い、さらに小さな独鈷と薬研を授けた。 そして別れ際に、「ここで不自由なことはないか?」と尋ねたら、家人が「ここには大きな川もないし、山も高い。水が不足している」と呟いた。「分かった」と言って僧は帰った。後日、僧が座禅を組んでいた形見の大石の根っこから、きれいな水が湧いて出たんだと。その僧が弘法大師様で、この神行堂山に普請を諦めて紀州に高野山を開いたとも言われる。

注)
独鈷(どっこ)・・・密教で用いる仏具の一つ。中央に握りがあり、両端がとがっている。
薬研(やげん)・・・漢方の製薬で用いる道具。舟形の容器とそのくぼみを滑動する円盤。

地域の方から聴き取りましたが、一部『入谷ものがたり』を参考にしました。民話や言い伝えには諸説あります。

ついに巨石へ到達!

石の平の集落の奥に、目指す巨石への入り口を見つけました。小さな駐車場があり、そこに車を停めてちょっとだけ森に入ります。

弘法大師がここに寺を開こうとしたので、神行堂山は別名高野山とも言われます。中腹には、いくつもの大きな石があり、最も巨大な岩は三つに割れています。人の力で加工したものではないようです。

高野山の大石の下に深~い穴があり、大蛇が棲みついていたんだと。「これは弘法様に巣くった蛇、神様のお使いだ」と村人誰もがそっと見ているしかなかったんだと。それを良いことに、その大蛇はニワトリやウサギ、お蚕さんまで襲うようになり、家の中にまで入って来るものだから、童(わらす)たちもおっかねがって村人も仕事にならない日が続いた。
「神様の使いだったら悪さするわけねぇ、この蛇は神様に退治してもらうべ」村人はお供え物を持って何度も高野山に願掛けに行った。
満願の日、大蛇が出てきたので、村人は鋤や鎌で取り囲んだ。大蛇は大石の上で鎌首もたげて村人をにらみ続けた。「このままではまた穴の中さ逃げられる」と思っていたとき、急に黒い雲が湧いて、なんだもねえでっかい音で雷が落ちた。その雷で大蛇は真っ二つになって死んでしまい、大石は三つに割れてしまった。『自分の体を割ってまで大蛇を退治したんだから、この石が神様なんだな」
村ではその後、この巨石をご神体として祀り続けたんだと。

三つに割れた巨石の割れ目(亀裂)にはこんな話があります。

「昔、成人に達した男女が社会人の仲間入りになるときに、通り抜けなければならない儀式があった」

「善人は通れるが、心に邪念がある人は途中で挟まって通り抜けできない」

とも言われています。現在では、どなたでも挑戦できます。さて、あなたは通り抜けられるでしょうか?!

弘法大師とされる僧が座禅を組んでいた形見の大石がこの巨石ではなかったのか?!とも想像されますが、神行堂山にはもっともっと怖い言い伝え(伝説)があります。峠に向かってみましょう。次景につづく。

心地よい図書館に向けて、若き司書の挑戦。/小林朱里さん

南三陸に生きる人を巡り、一巡りしていく連載企画「南三陸ひとめぐり」。第32弾は、この春再建した南三陸町図書館。町外出身ながら唯一の司書として新たな図書館の空間作りに挑む小林朱里さんの想いに迫りました。

見知らぬ町で「憧れの司書」キャリアをスタート

今年4月に開所した南三陸町図書館。自然光がたっぷりと差し込む館内は明るく開放的で、本を包む南三陸杉のさわやかな香りが、よりいっそうの心地よさをもたらす。

「小さいときから図書室や図書館という空間が大好きだったんです」と話すのは、南三陸町図書館で唯一の司書として活躍する小林朱里さん。秋田県能代市出身で、山形県の短大で資格を取得後、見知らぬ町で司書キャリアをスタートさせた。

「小学校の時から高校までずっと図書委員しかやったことないんですよ」と笑う小林さん。本が大好きだからこそ、図書委員をやっていたのかと思いきや、「もちろん、本を読むことも好きだったのですが、それ以上に図書館や図書室という空間が好きだったんです。本を読まなくても、友だちみんなで気軽に集まって楽しめる場所が図書館でした。みんなで折り紙を折ったり、ただ楽しいから遊びに行っていたという感じでしたね」

中学校のとき図書室にいた司書と話しをするなかで、司書業務に興味をもったという。

進学した山形県の米沢女子短期大学で司書資格を取得すると、タイミングよく宮城県南三陸町の図書館司書の正規職員の募集告示が出ていた。

「司書採用自体が珍しいこと。まして自分が卒業するタイミングで出ることなんてまれ。行ったことのない土地だったけれど、迷いはなかった」と振り返る。

南三陸へ初めて訪れたのは、二次試験のとき。東北育ちではあったが、東日本大震災の被災地を訪れたこと自体初めてだった彼女にとって、その光景は少なからず衝撃的だったというが「中学生以来の夢だった司書」への想いに揺るぎはなかった。

中高生も興味をもてるような仕掛けを

南三陸町図書館は東日本大震災で被災。2013年1月から、ベイサイドアリーナ脇に建てられた町オーストラリア友好学習館(愛称「コアラ館」)で運用されてきた。

小林さんが司書として着任したのは平成29年度。コアラ館の運用開始から4年が経過していたが、「図書館の利用者を増やそうとしても、そもそも図書館が新しくコアラ館で運用されていることが知られていなかったり、蔵書も置くスペースが限られるなど、難しさを感じることも多く、勉強不足も感じることも多かったです」と振り返る。

しかし、この春にオープンした生涯学習センターによって「図書館」のもつ可能性は大きく広がった。

「新しい図書館の設立に携われることは、人生に一度あるかないか。ほかのスタッフと一緒に図面とにらめっこしながら、どんな配置にしようか、どんな導線にしようかと頭を悩ませながら開館を迎えました」

これまでの図書館とは一線を画すような、ほかにはない設計。「まるで迷路のような、複雑な造りを生かして、ワクワクできるような図書館になれたらいいなと思っています。目的の本がある棚まで一直線にたどり着けないのですが、その分、普段目に入らないような本も目に入ったり、手に取ってもらったり、本とのそういった偶然の出会いも楽しんでもらえるのではないかなと思っています」

生涯学習センターが再建されたのは、志津川地区の中央団地に隣接するエリア。志津川小学校や志津川中学校からも近く、家族世帯が多く集まる団地だ。「コアラ館」のときには、近隣の高齢者が利用者の中心だったそうだが、場所が変わったことで利用者層にも大きな変化が見られた。

「学校も近くなったので、小中学生が多く来てくれるようになりました。児童書の充実はもちろん、中高生で楽しめるようなティーンズコーナーを新たに設け、興味をもってもらうような仕掛けをしたり、夏休みには工作資料展、読書感想文向けの書籍の充実などの企画をしています」

居心地のよい空間に向けて

図書館司書にとっていちばん大事なことを聞いてみると「レファレンスだと思います」と話す小林さん。図書館利用者の「こんな本はある?」「これについて調べたいのですが」といった要望に、蔵書の中から最適な本や資料を回答し、解決への道標を示すのがレファレンス。

「学生時代にももちろん学習はしたのですが、地域性がとくに必要とされるので…。『この土地にクリスチャンはいたの?』とか『地名の由来について』など尋ねられることもありますが、やっぱり難しいことが多いですね。まだまだ勉強しないといけないことが多くあります」と話す。

目指す図書館は小林さん自身が子どものころから好きだったという、気軽に集える居心地のよい空間。

「本を読まなくても、気軽にみんなで集まれるような居心地のよい空間にしていきたい」と意気込みを語る。

町民の拠り所となるような施設を目指して、若き司書の挑戦は始まったばかりだ。

シリーズ 入谷は民話の宝庫なり 第1景

南三陸町入谷地域は、さんさん(三つの山)に囲まれた里山。「宮城の遠野」とも評されるほど多くの民話や伝説が言い伝えられている土地です。入谷の散策をしながら、遥か古(いにしえ)からの風情や慣習を大切に守りながら暮らしている地元の方々に言い伝わる民話を紹介していきます。

緑とロマンを求めて・・・

様々なイベントで賑わう日もあれば、ひっそりと里山のゆるやかな空気を楽しむことができ、四季折々の色合いを楽しめる「ひころの里」。

神社仏閣の山門のような入口ですが、左側には標柱があります。

「緑とロマンを求めて 巨石まで4.2km」と表記されています。

ここから巨石までの道中、入谷の風景を楽しみながら、各地に伝わる民話を紹介していきます。

ちょぺっと寄り道…峠の居城跡(押舘)

ひころの里から約300m、道がなだらかになる峠の頂上付近から、西に中の町、東には天神集落を見下ろすことができます。「日本の原風景だ!」と感嘆の声をあげる方も多くおります。

志津川町教育委員会が建てた案内木柱碑には【押立舘跡(遠矢ヶ森舘)】と記されています。

「安永書出」では「御館主相知不申」とありますが、地元では阿部周防の居館と伝えています。空掘や土塁、方形に廻らされた土段など、小さいながらも整ったつくりをしています。ここの館主は強弓の使い手だったといい、別名「遠矢ヶ森館」とも呼ばれます。

*南三陸VIRTUAL MUSEUM 歴史の標 編 引用

舘の下方に『高屋敷』という屋号のお宅があります。当主・阿部忠雄さんによると、高屋敷とは本来館山の斜面を平らにした場所の事で、現在も3~4軒民家が建ち並んでいます。この辺はいくら掘っても水は出ないので、麓の沢近くの井戸まで汲みに行っていたという話を聞いたことがあると教えてくれました。

「水汲みに出かけた女中が、若い男性と恋仲になった。ある晩、帰りが遅いことを心配した旦那さんは井戸端にいる二人を見つけた。女中が好きになった若者は実はうなぎの化身で、そのうなぎは水を汚して潜って逃げた。それからその辺の井戸水は濁ったままだ」という民話もあります。

桵葉川 重ね石(続石)

峠を下ると小さな川にたどり着きます。桵葉川(たらばがわ)という清らかなせせらぎは、地元の方々から清流と呼ばれ愛され続けており、流域の施設・地区公民館を「清流会館」と名付けたそうです。

さて、そんな小さな川なのですが、大きめの石がゴロゴロと。ちょっと歩くと対岸にこんなものがあり、河岸の立て看板には、下記のように書かれています。

 重ね石(続石) ふるさと百選 46番

鏡餅を逆さにしたように三つ重ねになっている石が「重ね石」です。
「安永風土記」によれば七つ重ねになっていたと言われますが、確認されていません。
水神「続石明神」として尊敬されたと言われています。
下流には、「陰石」「陽石」があり、小授けの神として信仰されたと言われます。
平成八年三月選定 志津川町教育委員会

これは花崗岩の重なりで、現在は三段ほどが重なっているのが確認できますが、実際には七つの石が重なっていると伝えられています。かつてこの付近は沼になっており、多くの魚が取れ、続石屋敷と呼ばれる長者がいましたが、旅の僧(実は弘法大師)に無礼をしたために没落したという伝説が伝わっています。

この重ね石(続石)もそこそこ大きいのですが、目指す「巨石」ではありません。次回、たどり着くのか?! またまた寄り道しちゃうのか?! お楽しみに!第2景につづく