若き防災指導員が誕生!県内で初めて高校生が認定

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今年3月、県内で初めて高校生の防災指導員が2人誕生しました。志津川高校に通う、及川拓海さんと木下巧大さんです。志津川高校防災クラブに所属し、日頃から防災に関する活動をしている2人。防災指導員になった2人の防災への想いに迫りました。

日頃から防災活動に積極的な2人。高校生で初めての指導員認定

今年3月、県内では初めて2人の高校生が宮城県防災指導員の認定を受けました。志津川高校に通う3年の及川拓海さんと2年の木下巧大さんです。今回2人が認定を受けた宮城県防災指導員は、震災対策に関する活動の中心的な役割を担っています。2009年に県が制定した「震災対策推進条例」に基づいて指導員の養成や認定が行われており、昨年度までに県内7451人が認定されています。高校生が指導員の認定を受けたのは今回の2人が初めてでした。

2人は高校入学してすぐに、2017年に発足したばかりの志津川高校防災クラブに所属。防災クラブの活動では、南三陸消防署協力のもと訓練の実施や町総合防災訓練への参加など様々な活動を実施。今年度からは年3回行われる学校防災訓練でアンケートをとり充実した訓練の実施を目指すなど、日頃から防災活動に積極的に取り組んでいます。

防災プログラムへの参加。防災指導員の認定へ

2人は今年1月に行われた「みやぎ防災ジュニアリーダー養成研修会」に参加。プログラムでは、全国から集まった同世代と共に災害や防災に関することを学び、ポスターセッションにて学んだことや取り組んでいる活動について発表し合いました。及川さんは「日本各地の防災や災害に関する話を聞け、地域の特色が出ていたことに驚いた」と話します。

通常、防災指導員になるには指定の養成講習を受講することが条件になっています。しかし2人は1泊2日にわたる防災プログラムを受けたことで、養成講習は免除され認定を受けることが出来ました。「認定された実感はないが、責任感は感じている」と話す及川さんと木下さん。続けて「高校生だから思うように指導員として活動できないところもあると思う。まずは学校防災を中心に、防災の大切さを伝えていきたい」と話します。

3.11の時は小学生だった2人

東日本大震災の時は、小学生だった2人。小学1年生だった木下さんが一番衝撃を受けたのは、震災翌日に母親から「お家ない」と言われたことでした。当時、海の傍に住んでいた木下さん。夜が明けて見た風景には家の外観が残っており、家は大丈夫だと思っていたと当時を振り返ります。小学2年生だった及川さんは、津波によって燃えた家屋や漏れ出した石油の臭いが印象的だったと話します。また夜になり水が使えず、トイレもまともに流せない状況に困ったと震災を振り返ります。

(提供:一般社団法人南三陸研修センター)

将来目指すは“消防士”

小学生で被災し、学年が上がるにつれ防災への関心も高まっていった2人。そんな2人が将来目指しているのは、消防士です。

地震や津波だけでなく、他の災害にも対応できるよう最低限の食料備蓄が大切だと話していた木下さん。震災報道で消防士の活躍を知り、自分も人の命を守る仕事に就きたいと消防士を目指すようになっていきました。ゆくゆくは消防士として培った経験や知識を、地域に伝え更なる防災力の底上げをしていきたいと意気込みます。

「“他人事を自分事に“他の災害も自分事として捉えて備えていくことが大切」と話していた木下巧大さん。

同じく消防士を目指している及川さんは、まずは大学の進学を考えています。防災を進める上で、地域の支え合いなど日頃からのコミュニケーションが大切だと話していた及川さん。目指す消防士像も、地域とのコミュニケーションを大切にした、住民から頼りにされるような消防士になりたいと意気込みます。

「地域と生徒、中高連携して防災力を向上していきたい」と話していた及川拓海さん。

後世へ伝える震災の教訓

高い志を持って将来消防士を目指し、防災活動をしている2人。毎年、各地で災害が増えてきているのを受け今後の防災には「有事の際にすぐ行動出来るよう意識付けしていくこと」だと話します。そのためにも、後輩や町の子ども達に防災の大切さを伝えて行きたいと意気込んでいました。また今年で卒業になる及川君は「コロナで思うように活動できないが出来る事から取組み、自分が学んできた知識、アイディアをしっかり後輩たちに伝えていきたい」と話していました。

来年3月で震災から10年をむかえる南三陸町。町の復興が進むとともに、世代は変わり震災風化も進んでいます。しかし、2人のような防災への高い志をもった次の世代が、震災から学んだ教訓を後世へ繋ぎ、より災害に強い町にしていくことでしょう。2人のこれからの活躍に期待です。

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