東日本大震災による津波で壊滅的な被害を受けた南三陸町。6年経った2017年3月、730戸以上のすべての災害公営住宅が完成。復興段階で第一優先とされてきた「住宅再建」が終了し、復興事業の「区切り」を迎えました。
志津川中央復興住宅の竣工式が開催
2017年3月20日、おだやかな春の日差しに包まれて、南三陸町志津川中央復興住宅竣工式典が開催されました。
「東日本大震災以来、住宅再建を第一にと考えてこれまでやってきました。本日、志津川中央復興住宅の竣工によって、738戸の災害公営住宅がすべて完成となりました。ついにここまで来たか、と感慨もひとしおです」と笑みを浮かべる佐藤仁町長。既に引き渡しが完了し、住居が立ち並び始めている防災集団移転宅地とあわせ、東日本大震災から6年経ち、住宅再建が一区切りを迎えた形となります。
この災害公営住宅の整備をはじめとした復興事業を担っているのは、全国各地からの派遣職員のみなさんです。「この事業の中心となってきた復興事業推進課のおおよそ8割の職員が派遣職員となっています。全国からの応援がなければ成し遂げることができませんでした」と佐藤町長は話し、改めて全国からの応援に感謝の意を述べていました。
「6年間、待ちこがれた我が家」
佐藤仁町長から入居者代表に鍵の引き渡しが行われたのち、隣町登米市南方の仮設住宅に入居していた宮川安正さんが入居者を代表してあいさつを行いました。
「避難先だったベイサイドアリーナから二次避難先にバスで向かうとき、佐藤町長が『私たちが責任をもってみなさんを迎え入れる準備をします。それまでがんばってください』と話していたのを今でも覚えています。今日、引き渡された鍵を見て、『ついにその日がきたんだな』と、胸が熱くなりました」と言葉に詰まらせながら話す宮川さん。「今日が新たなスタート。この日を迎えることができて本当に感謝しています」とおだやかな顔で語っていました。
住宅再建が終了。復興は次のステップへ
80%近くが森林となっている南三陸町では、震災前には限られた平地に宅地が並んでいました。そこに東日本大震災による大津波が襲いました。全壊となったのが3,143戸、半壊、大規模半壊が178戸、半壊以上の計が3,321戸、じつに世帯数の60%以上もの建物で大きな被害が出てしまいました。
この教訓を生かし、南三陸町では「いつか再来する大津波から人命を守る」ことを最優先にする”住宅の高台移転”に取り組んできました。
3月3日にオープンし盛況が続いている「南三陸志津川さんさん商店街」を核にした観光交流拠点の整備、さらには震災復興祈念公園の整備、国道をはじめとした土地区画整理事業による市街地整備など復興事業はこれからもまだ続いていきます。
それでも、このハレの日を、佐藤町長は「これで復興事業の、ひと区切り。ほんとうの意味での、”まちびらき”になる」と話しました。復興の第一優先とされた「住宅再建」が完了したことで「安心して暮らせる毎日」へ、大きな第一歩を踏み出しました。