静岡と南三陸、こいのぼりで友情育む

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震災後、被災したあさひ幼稚園を応援しようと始まった静岡県富士宮市の認定こども園とのこいのぼりの共同制作。プロジェクト開始から7年。静岡と南三陸の子どもたちの想いを乗せたこいのぼりが、今年も春風爽やかな空を泳いでいました。

静岡からやってきた5色のこいのぼり

五月晴れの澄み渡る青空のもと、南三陸町志津川のあさひ幼稚園舎に大きなこいのぼりが掲げられました。このこいのぼりは、静岡県富士宮市の認定こども園「ふじキンダー学園」との交流事業の一環で作られ今年で7年目。今年も4月に、こいのぼりの「ウロコ」になる部分に名前や自分の似顔絵をあさひ幼稚園の園児が描き、キンダー学園に送付。あさひ幼稚園29名の「ウロコ」にキンダー学園の年長の園児82名の「ウロコ」も加え、5色のこいのぼりに縫い付けたものを、4月中旬から5月10日まで富士山の見えるキンダー学園園舎に掲揚していました。

5月10日にキンダー学園で「こいのぼり出発式」が行われ、5匹のこいのぼりが南三陸にやってきました。13日にあさひ幼稚園でメッセージ交換と5匹のこいのぼりのお披露目が行われたあと、園児たちは自らの手で園庭のポールに掲げました。さわやかな春風のもと悠々と空を泳ぐこいのぼりに大喜び。自分の描いた似顔絵を探し歓声を上げていました。

5月10日にふじキンダー学園で開催された「こいのぼり出発式」のようす(写真提供:NPO法人ヴィレッジネーション)
あさひ幼稚園でお披露目された5匹のこいのぼり
似顔絵や名前、手形が描かれたウロコ
自分の似顔絵を探す園児たち

こいのぼりから始まる継続的な交流

この交流を企画しているのは、「ふじキンダー学園」の卒業生でNPO法人ヴィレッジネーション代表理事の村松広貴さん。

もともと視覚障害者の支援を行っていた村松さんは、東日本大震災後に南三陸町でも支援活動を実施。継続して南三陸を訪れるなかであさひ幼稚園に出会い、地元の幼稚園との交流のサポートを開始しました。

「東日本大震災によって園舎を流出し、仮園舎を転々とするあさひ幼稚園児を応援しよう」という想いでスタートしたという村松さん。2013年に、仮園舎でこいのぼりを掲揚するスペースもなかった手狭なあさひ幼稚園から、名前や自分の似顔絵を描いたウロコを送ってもらいキンダー学園でウロコを縫い付け掲揚したのが交流の始まり。以来、こいのぼりを通じた交流は継続され、2015年には移動した仮園舎で仮のポールで初掲揚、2017年には新園舎で初めての掲揚を迎えるなど、あさひ幼稚園の復興とともに歩んできました。

これまでの7年間で700名以上の子どもたちが交流。園児たちは、こいのぼり交流から始まり、両園の園児たちは七夕短冊での交流や、運動会での応援幕の交換、卒園メッセージ交換など、一年を通じた交流を行い、友情を育んでいきますが、その効果は子どもたちのみならず保護者にも及んでいるという。

「東北出身の親御さんが帰省ついでに南三陸町を訪れたり、こちらの想定を超えるようなつながりが生まれています。さらにキンダー学園で行う避難訓練なども、交流をはじめてからより真剣にやるようになったなどさまざまな波及効果が生まれているようです」と村松さんは目を細めます。

NPO法人ヴィレッジネーション 代表理事 村松広貴さん

子どものエネルギーの象徴

「最初に交流した子どもは小学6年生にまでなっている。遠くのお友達との交流を思い出して、なにかあったときに、助け合おうねと子どもたちが成長してくれていることを期待したい」と話すのはキンダー学園顧問の鳴海淑子さん。

認定こども園「ふじキンダー学園」顧問鳴海淑子さん

「子どもの笑顔を見たら大人も頑張れる。だからこそ子どものエネルギーを大事にしたい。そんな子どもの夢や成長の象徴がこいのぼりだと思う。今日高々と空を泳いだ3匹のこいのぼりと富士宮に持ち帰って掲揚する2匹のこいのぼり、子どもたちがそのこいのぼりを見ることで遠くにいても空はつながっているんだということを感じてもらいたい」と話します。

“被災地応援”として始まった取り組みは、単なるモノのやり取りを超え、大きな絆を育んでいます。

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ライター 浅野 拓也
1988年埼玉県生まれ。学生時代はアフリカや中東、アジアを旅したバックパッカー。卒業後は、広告制作会社でエディター・ライター業を経験。2014年に取材でも縁のあった南三陸町に移住。南三陸をフィールドにした研修コーディネートを行うかたわら、食・暮・人をテーマにしたフリーランスのライターとして活動している。