志津川高生の力で町民バスが復活!南三陸モアイバス贈呈式レポート

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「南三陸町をモアイで盛り上げよう」と6年前から活動を続けてきた志津川高校。その取り組みが実を結び、津波で流された町民バスが復活しました。モアイバス贈呈式の様子と、高校生たちの取り組みを紹介します。

志津川高校が「南三陸モアイバス」を町に寄贈

2016年12月20日、「南三陸モアイバス」が志津川高校より町に寄贈されました。モアイバスは、津波で流されてしまった町民バス「いしゃりくん」に代わる小型バス。町民バスの復活を目指す志津川高校生たちが、モアイをモチーフにした缶バッジやストラップなどを製作・販売し、購入資金を賄いました。

同日に志津川高校で行われた贈呈式には、全校生徒や卒業生、佐藤仁町長、支援者・関係者ら300人ほどが出席。寄贈者挨拶として、生徒代表の佐藤大輔さんが「南三陸町でバスを走らせるという先輩たちの目標を、自分たちの代でかなえることができてうれしく思います。モアイバスにはたくさんの人の想いが込められているので、有効に活用してもらいたいです」と話しました。

壇上で挨拶をする高校3年生の佐藤大輔さん

バスの寄贈を受け、佐藤仁町長は、「震災後は町民バスの貸し出しができず、復興に向けたさまざまな活動がなかなかできないという状況にありました。こうした中、志津川高校のみなさんが町民バスの復活に向けて取り組まれ、多くのご支援を得てバスを寄贈していただくことになり、町としては喜びひとしおです」と感謝の気持ちを表しました。

壇上で記念のレプリカ鍵を受け取る佐藤仁町長(中央左)

南三陸をモアイの町に!「南三陸モアイ化計画」って?

町民バスの復活に取り組んできたのは、志津川高校の情報ビジネス科の生徒たち。2010年に立ち上げた「志高マーケティンググループ」で、南三陸町の活性化に向けて何かできないかと動きだしたのが、そもそもの始まりでした。南三陸町を全国に発信するためには、まず自分たちが町のことを知らなければ……と、南三陸町について調査を実施。南三陸町のあちこちで見かけるモアイ像に関心を持った生徒たちは、「モアイを活用して町おこしをしよう!」と決めました。こうして始まったのが、「南三陸モアイ化計画」です。

生徒たちは、町のPRにつなげるためにモアイ像をキャラクター化。モアイクッキーやストラップ、ステッカーなどの製作・商品化に取り組み、町内のイベントなどで販売しました。これらの活動は当時、モアイを活用したユニークな地域おこしとして、多くのマスコミに取り上げられました。

モアイキャラクターを製作する「南三陸モアイ化計画」メンバーの志津川高生

活動が盛り上がってきた矢先、2011年3月11日に東日本大震災が発生。南三陸町は壊滅状態となり、取り組みを続けるのは難しいと思われました。しかし「こんなときだからこそがんばってほしい」という町民の声に励まされ、生徒たちは活動を再開。「小さくてもできることから始めよう」と、2011年5月、町外から復興支援に来ていた警察官に、感謝の気持ちを込めて「モアイ復興プレート」を贈呈しました。

「モアイ復興プレート」贈呈の様子

なぜ南三陸町にモアイ像が? 深まるチリとの友好・交流

ところで、モアイ像といえばチリのイースター島。それがなぜ南三陸町にあるのか、ご存知でしょうか? 南三陸町は、1960年に発生したチリ地震津波で大きな被害を受けました。この津波の記憶を未来に伝えようと、30年後の1990年に国鳥コンドルの碑がチリから贈られ、翌1991 年には、復興と防災のシンボルとして、志津川地区の松原公園にモアイ像が設置されました。

しかし、東日本大震災で公園は被災し、モアイ像は流出。その後モアイ像の頭部が発見され、志津川高校の敷地内に移設されました。

東日本大震災の津波で流出し、志津川高校の敷地内に移設されたモアイ像の頭部

志津川高校の「南三陸モアイ化計画」の取り組みはチリ側にも伝わり、2012年3月にはチリ大統領が来校。大統領は、イースター島の石で新たなモアイ像を製作し、南三陸町に寄贈する意向を表明しました。そして2013年5月25日、新しいモアイ像が南三陸町に到着。イースター島の石を使って彫られたモアイ像が島外に出るのは、世界で初めてのことでした。

サンゴと黒曜石でできた目が入っているが、目のあるモアイ像は世界でもめずらしい

津波で流された町民バスの復活に向けて

南三陸町の復興のために何かしたいという想いで、「南三陸モアイ化計画」のメンバーは、津波で流された町民バス「いしゃりくん」を復活させようと考えました。オリジナルのモアイ缶バッジとストラップなどを製作・販売し、その売上でバスを購入して町に寄贈することを計画。さんさん商店街や福興市などでの販売活動に取り組んだ結果、2013年11月に約450万円を町に寄付することができました。2015年6月には、さらに200万円を町に寄付。寄付金総額は650万円となり、町民バス購入の目途が立ちました。

2016年7月に情報ビジネス科の課題研究授業で町民バスのデザインコンペが行われ、3年1組の佐藤莉紗さんのデザイン案が採用に。モアイ像に加え、「希望」の花言葉をもつガーベラや、南三陸町の海をイメージしたブルーのラインをあしらったバスが完成しました。贈呈式の際、佐藤さんは、「南三陸町のいいところや、チリとの関わりがパッと見てわかるようなデザインを心がけました」と話してくれました。

モアイバスのデザインを手がけた志津川高校3年の佐藤莉紗さん
町を飛ぶトンビも描かれている

これからも南三陸町のために何かしたい!

立ち上げから6年を経て、町民バスの復活につながった「南三陸モアイ化計画」。東日本大震災など困難にも直面してきましたが、「モチベーションが下がることはありませんでした」と、サポートしてきた情報ビジネス科の佐々木宏明先生は話します。「毎年うまく引継ぎができているのも、プロジェクト継続のポイントだと思います」と佐々木先生。「プレゼンテーションがうまくなるなど、生徒たちのコミュニケーション能力の向上も、プロジェクトの成果ですね」。

町民バスの寄贈という目標を達成した「南三陸モアイ化計画」の今後について、佐々木先生に聞きました。「町の復興に向けてまだまだやるべきことはありますが、本来の目的であった町の活性化につながることができればと思います。いずれにしても、“南三陸町のために何かしよう”という基本は変わりませんが、チリにお礼がしたいという気持ちもあります。これから、次の活動に向けていろいろと考えていきます!」

南三陸町がどのように「モアイ化」されていくのか、ワクワクしますね♪

情報ビジネス科の佐々木宏明先生(右)と「南三陸モアイ化計画」歴代メンバーの卒業生たち。「モアイバスが走るところを早く見たいです!」と、初代メンバーの西條裕喜さん(右から2番目)

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