南三陸町で進められている様々な研究の発表が行われる「南三陸いのちめぐるまち学会」の第2回が開催されました。この記事では学会当日に発表された、南三陸町を舞台に進められている各種研究発表の様子をレポートします。(全3回の2記事目)
いのちめぐるまちのカオスな大座談会とは
学会当日となる11月23日(木)、今年の会場であるYES工房第2工房に続々と参加者が集まり、椅子が一時足りなくなるほど大勢の方が詰めかけました。総合司会を務める南三陸いのちめぐるまち学会事務局の太齋彰浩さんはオープニングで「実は80名の予定だったのですが、大幅にオーバーしてしまって120名以上の方にご参加いただいております。大変ご不便をおかけしますがよろしくお願いします。」と満員御礼の感謝を述べました。参加者のほとんどが町外から来られた方々で、この学会や南三陸町が持つポテンシャルの高さが伺えます。
また、学会長を務める佐藤太一さんから開催に至った経緯についてお話があり「第2回を無事に迎えることが出来ました。前回、そして学会の前身となる里海フォーラムというものがありまして、はじめは南三陸町のこれまでの活動を振り返る会、そして今ホットな話題とかを大学の先生たちに教えていただきながら交流が生まれた会となりました。その交流が生まれた結果というわけでないんですが、その後1年間いろいろなプロジェクトが南三陸町を中心に動いております。今回はそれら全部をここに集め、混沌としたカオスな大座談会としてみましたが、面白いことがどんどん出ているのでそれを地域みんなで共有したいと思っております。」と、これまでの積み重ねから生まれた各種研究についてぜひ知ってほしいという旨が伝えられました。
プログラムは第4部まであり、まず第1部は「3つの研究プロジェクトをひもとく」です。ここでは3つの研究の方針や調査結果についての発表がありました。それぞれ内容を抜粋しながらご紹介します。
S-21研究は何を目指すのか?
早速あまり見慣れない「S-21」という文字が並びました。筆者も説明を聞くまで理解できていなかったのですが、S-21とは環境省が出している研究費の環境研究総合推進費というのがあり、こういう研究をしてほしい!といった行政ニーズに研究者が答えて研究をするタイプのもので、その中のS枠21番目の研究という意味で、“生物多様性と社会経済的要因の総合評価モデルの構築と社会活動に関する研究”という研究になります。
登壇された吉田丈人さん(東京大学大学院農学生命科学研究室教授)は「地域スケールの生物多様性と社会経済的要因からなる統合評価・シナリオ分析と社会適用」の中の森里川海を見るというテーマの研究地として南三陸町を設定し、チームを立ち上げ、南三陸町の方々に協力をもらいながら研究活動を行なっています。
吉田さん「なぜこのような研究がされているのかといいますと、これは前回の学会でも言われていましたが日本全国で色々な生態系の状態がどんどん悪くなって生き物は少なくなっている。さらに、私たちの生活をはためかせてくれていた自然の恵みには色んな機能があるわけですけれども、その機能もどんどん失われていて、自分達の生活に影響が出始めているんじゃないかと。こういう状況をどう打破していったらいいのかということです。」
「また、こちらはSDGsでよく言われるピラミットですね。私たちの暮らしを支えてくれている社会を支えるベースとして生態系があって、生物多様性があってその上に社会とか経済があって成り立っています。これは見る人が見ると当たり前だと思いますが、世の中で当たり前かというと決してそうではない時代がずっと続いてきたと思います。つまり、経済とか社会を優先し生態系を使ってもそのうちどうにかなるだろうと。それがここにきて色々な問題が起きてきている。」
「そうではなくてやはり生態系がベースにあって、その上で私たちの社会経済が成り立っているという認識がだいぶ広がってきていると思いますがまだまだメジャーではないかと思います。」
「人間は環境をたくさん改変してきましたし、乱獲も含めて過剰に利用してきたり。もちろん自然を利用することで人間の生活は豊かになってきたわけですが、一方で自然が失われてしまっていて、このままで持続可能でいけるかどうかということが問題になっているわけですが、たくさん対策が打たれてきましたが一向に止まらない。そこで、社会経済を含めた間接要因といわれるところをどう考えればいいのかという学術基盤がないので、それを唯一無二で作るというのがこのS-21の大きなミッションです。」
このように社会経済を優先した結果失われつつある生態系や自然環境が今後どうなってしまうのか、それに歯止めをかけるにはどうすればいいのかに着目し、南三陸町の志津川湾保全・活用計画において理想とする志津川湾と町の姿も、国の目標と同じ様な議論がされていました。
「このままの将来だったらどうなる、こういう世界にするためには何が必要かというのがこの計画にまとめられています。学術的には非常にチャレンジングなことだと思うんですけれども、そういうことをやろうとしています。」
東北にネイチャーポジティブ拠点をつくる!
続いての登壇者は2年前から本学会で発表をしている近藤倫生さん(東北大学大学院生命科学研究科教授)によるネイチャーポジティブについて。今現在、地球上では大昔に起きた恐竜の大量絶滅に匹敵するか、それよりも速いスピードで生物の絶滅が進行しているという推定が出ています。
近藤さんはこうしたデータを元に警鐘を鳴らします。「人的・人工資本は増えているが自然資本は減り続けている、これはつまり今の私たちの社会が持続的ではないということですよね。減り続け持続していない。持続させるには最低でも(グラフの上の線が)真っ平らになってないといけない。」
こうした世界的な課題に対し、ネイチャーポジティブ(自然再興)というミッションが2023年に閣議決定された「生物多様性国家戦略2023-2030」の中で掲げられました。
これについて近藤さんは「ネイチャーポジティブとは、2020年を起点にして自然あるいは生物多様性を回復基調に戻しましょう、2030年の時点でちゃんと回復している状態をつくりましょうという国際的なターゲットが設定されました。つまり、今より増やそうというわけなのですが、皆さんの中には『いやいや、自然を僕らは使って生きているのにそれを増やすって。では僕らはどうやって生きていくのか。』と思われる方がいるかもしれませんね。」私たちが自然を使って生きている以上、自然を減らし使うしかありません。そこからどのように増やすのかを考えているのが近藤さん達です。
「減らなければいい」の一歩先の考え方とは
「増やしながら生きるとはどういうことか。実はこれは生物や自然がどのような特徴を持っているかということをちゃんと考えることで、持続的な利用の意味がよくわかります。」そう話し、例に出したのは魚などの水産資源。魚は捕られた分減っていきますが、持続的な社会ではこれが増えもせず減りもしない社会ということです。
「魚がずっと同じ数あり続けるということが持続的だと。捕るのになんで同じ数生き続けられるかというと、それは生物資源だからできることです。生物資源は自ら繁殖、成長し増えていく成長する資本です。銀行に預けていけば利子がつくように、その利子で生活できれば(自然資本の)元手は変わらないので持続的な利用ができるというわけですが、単に持続的であればいいよというわけでなく、食糧問題などに配慮したより多くの恵みを取り出せるように生態系を使う必要があります。」
その方法は様々あると言われ、今回ご紹介されたのは漁獲努力量と最大漁獲量を表したグラフです。
「この方法、生物資源管理学という理論が昔から提唱されています。自然が豊かな数を保ちつつ、漁獲努力(操業日数や漁師の数)を捨てないということです。」
しかし、それでも自然利用の最適化は難しく、それには自然が持つ多機能性と利害関係者(ステークホルダー)の多さが関係してきます。では、その中でどのような努力をすべきなのか。近藤さんは自然の理解と科学技術と人々の連携が欠かせないと言います。
南三陸で行った調査活動
ネイチャーポジティブには欠かすことのできない3つの科学技術要素の中で環境DNAという技術が使われています。これは土や水中に残る生物のDNAを採取、分析することで生物の生息範囲や種類を把握するものです。
これを用い、南三陸町では牡蠣の養殖筏が生物の避難所になっているのでは?という調査結果を得ることが出来ました。湾内で起きている磯焼けという問題に対し、人工的な資本である養殖筏が自然資本である魚達の命を救っているかもしれない、という希望が持てる結果となりました。
多くの調査を行う中で近藤さんや研究チームの方々と、関係団体、地元住民の方と連携しネイチャーポジティブの課題解決に向けた取り組みを進めることが出来たそうです。現地に赴いての対話や共同作業が、町内でのネイチャーポジティブについての意識を向上させることにも繋がったでしょう。
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