美しい松林をみんなの力で取り戻そう「耐性松植樹会」(歌津地区泊浜尾崎)

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美しい松林を、みんなの力で取り戻そう「耐性松植樹会」(歌津地区泊浜尾崎)

南三陸町歌津地区泊崎の尾崎神社は美しい黒松の林に囲まれていましたが、松枯れが進み、今ではかつての姿が失われつつあります。しかし、6月4日、美しい松林を取り戻したいという思いが一つになった植樹会が開催されました。

耐性松植樹会(歌津地区泊浜尾崎)開催

海の神、航海の神を祀る尾崎神社の周辺には、多くの松が植えられています。それらの松は、江戸時代に浜松(静岡県)の松が植樹されたもので、樹齢200年〜300年くらい経っていると推定されています。その間、防風林としての役割を担いつつ、美林として人々の心を癒していた松林でしたが、近年、松枯れの被害が広がっていました。それでも、東日本大震災以前は防除に手をかけて、ある程度、進行を阻む努力はできていたそうですが、震災後の混乱で松の手入れまで手が行き届かず、被害が進んでしまったようです。

その松林を見て、「なんとかしたい」と動きだしたのは、東京都世田谷区の「NPO法人世田谷のみどりと防災を考える会」の皆さんでした。庭づくりや植木を専門職とする方々の集りです。

平成25年、復興支援のために初めて南三陸町を訪れたのをきっかけに、継続的に南三陸町の環境づくりに関わっていただいています。26年にはひころの里の松の大木が、松枯れで倒れようとしている場面に遭遇し、27年は尾崎の枯れ松の伐採の支援のために来ていただきました。そうやって、一連の南三陸町の松の様子を見てきた皆さんが思い至ったのは、「伐採しただけでは何も始まらない。松食い虫に強い耐性黒松を植樹して、松の美林を取り戻そう」というところでした。

美しい松林を、みんなの力で取り戻そう「耐性松植樹会」(歌津地区泊浜尾崎)

全国に広がる松枯れ

まずは、全国に広がる「松枯れ」について、「世田谷のみどりと防災を考える会」の方からお話がありました。

松がバタバタと倒れている原因は、”マツノザイセンチュウ(通称「マツクイムシ」)”です。松の中に入り、樹脂の生産や水を吸収できなくし、松を枯らせてしまいます。センチュウは、松の皮を食べに来たカミキリムシの体内を媒介し、元気な松に移り、その松を枯らせてしまいます。各地であの手、この手と対策が行われているにもかかわらず、そうやって松枯れ被害は南より北上。今では北海道を除く全国に被害が広がっています。そんな”松枯れ”は全国的な問題になっていますが、日常で、子どもたちが、松林を間近に見る機会も少なく、初めて”松枯れ”のことを知ったという子どもも少なくありませんでした。

美しい松林を、みんなの力で取り戻そう「耐性松植樹会」(歌津地区泊浜尾崎)
「世田谷のみどりと防災を考える会」の方に植樹の手順を教わる子どもたち。

子どもたちの手でつくる未来の松林

子ども5名程と保護者のグループに「世田谷のみどりと防災を考える会」の方が入って、植樹の手順を教えてくださいました。幅1m弱程の間隔に植木が置いてあり、赤く塗られた棒が目印に立ててあります。そこにスコップで、根がすっぽり埋まるくらい、30cm程の穴を掘り、4粒の固形肥料を入れ、耐性松を植えてきます。根をおおってある布はやがて土に返る素材でできているので、使い易く、環境にも配慮されています。

子どもたちは一つ一つ丁寧に、しかし、一時間程で、あっという間に樹を植えました。

美しい松林を、みんなの力で取り戻そう「耐性松植樹会」(歌津地区泊浜尾崎)
「20本は植えた!」と伊里前小学校の小野ちなつさん。

天気に恵まれ、事故も無く、順調に作業がすすみました。一人10本以上は植えているでしょう。子どもたちに、「どこに植えたか覚えてる?」と尋ねたら、「だいたい覚えてる」と返事が帰ってきました。保護者からは、頑張って植樹する子どもの成長を喜ぶ声も。「また見に来たい」という子どもたちの心のなかには、故郷への思いも育っているのかもしれません。

今回用意してもらった黒松は、マツクイムシの被害を受けた林で生き残った松に更にマツクイムシを植え付けてそれでも生き残った強い遺伝子を持つ松からうまれた耐性松です。未来をつくっていく子どもたちが植えた黒松には希望が託されています。南三陸町にいらっしゃる機会があれば、ぜひ、その成長を見てください。

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