入谷地区「ひころの里」で開催された伝統行事、「農はだて」を取材してきました。地区の住民が集まる行事はコミュニティの場として、そして脈々と続く「里の恵み」を受け継ぐ業を垣間見ました。
縄づくりは、農に生きる者の必須スキル
1月11日、午前10時。入谷地区「ひころの里」で、伝統行事「農はだて」が始まりました。「はだて」というのは南三陸町入谷地区の言葉で「はじめ(始め)」という意味。農の始め、すなわち農家にとっての仕事始め。その内容は、わらを手で結び合わせ、縄を作っていくというもの。なぜ、縄をなうことが、農家にとっての仕事始めなのでしょうか。
「今はみんなビニールだけっども、昔はそんなもんねがったから、縄で作ってたのさ」
農作業や日々の暮らしをする上で必要な、様々なもの。今ならビニール用品を買って済ませるようなものも、かつてはわらの縄で作っていました。雨がっぱ、馬の口あて、牛の靴、草履やむしろなど、生活用品の基本の材料がわら縄でした。
縄さこさえて春への準備
「農家はずっと、働きづめでしょ。だから正月はゆっくり休んで、今日が仕事始め」
「今は、一年の中で一番暇な時期。縄さこさえて、みんなで春の準備をすんのさ」
農業では、一度畑や田んぼの作業が始まると、収穫が落ち着くまで、働きづめの季節が続きます。雨風が吹くときも、週末も、夏も。だからこそ、仕事始めは少しゆっくり、1月11日。そして冬のうちに、春から必要になるものを縄で作って準備する。農はだてという行事からは、農業を仕事とする人たちの季節感を垣間見ることができます。
「縄は、こうやってなっていくの。ほら、見てて」
縄は、わらを3~4本束ねて作ります。わらの片端を右手で、もう片端を左手で持ち、手の平を擦り合わせるようにして、わらを密に絡ませて縄を形作っていきます。互い違いにより合わせても縄にはなるけれど、このやり方のほうがよりしっかりとした縄を作れるのだとか。この言葉にし難い特殊な技を、入谷地区のお母さん方は慣れた手さばきで素早くこなしていました。
「まだ小さいころから今まで、ずっとだなあ。一年中縄さ作ってたよ」
柔らかいわらから作られる、固く結ばれた縄。それは農を営む暮らしの傍らにある、数十年磨き上げた技の結晶なのです。
農はだてを受け継ぐことの意味
縄づくりを終えた後は、「ばっかり茶屋」で懇親会。普段は、ひころの里にいらしたお客様を料理でおもてなしするお座敷です。小豆がゆ、漬物、天ぷらなど、質素ながらも地元の味を感じられる料理で、仕事始めの景気づけをしました。
「玉子酒飲むと、ほら、顔が火照っちゃうの」
縄をなっていた時の真剣な顔とは打って変わって、ほころぶ表情や笑い声がそこかしこに。近くに住んでいる方同士の間では、近況の世間話に花が咲いていました。かつては年始の節目として広く行われていたものの、最近はやらなくなってしまった地域も多いというこの行事。続けていくことには、伝統を守ること以上の意味がありそうです。
ひころの里は、入谷地区に中世から伝わる名士、須藤家の邸宅や土蔵があり、文化的価値が高い、南三陸町の観光名所のひとつです。歴史を感じる農具や生活用品を見られるほか、地元の食材にこだわった料理を楽しむこともできます。有形の名跡で受け継ぐ、無形の伝統。地区の住民にとって、年始に顔を合わせる場。ひころの里で今も農始を続けることは、里の恵みとともに暮らす南三陸の人々ならではの意義を有しています。
ひころの里について、詳しくはこちら↓(南三陸町観光協会ホームページより)