震災から6年が経とうとしているが、いまだ、土色の風景が広がる志津川地区旧市街地。しかし、その風景も徐々に変わろうとしている。3月3日には、春の息吹きとともに新さんさん商店街がいよいよオープンする。
新しい南三陸町、新しいさんさん商店街
さんさん商店街は、2012年2月にオープンして以来、プレハブの仮店舗ではあったが、南三陸町を訪れた人が立ち寄る場として、文化交流の場として、祭りの場として、家族で楽しむ場として地域を盛り上げて来た。対外的にも、経済産業省の「がんばる商店街30選」に唯一仮設商店街として選出されるなど、注目された。さて、新さんさん商店街は、どんな商店街になるのだろう?市街地再生を進めてきた株式会社南三陸まちづくり未来の三浦洋昭社長にお話を伺った。
南三陸町で生まれ育ち、稼業を営み、震災後は、福興市、仮設さんさん商店街の運営などを牽引してきた三浦社長。震災直後より商店街は地域の復興に何ができるのか、試行錯誤してきたその積み重ねを、新さんさん商店街に結実させたと言ってよいだろう。
地域の新たな流れを呼び込む
新さんさん商店街は、単に買い物の場ではなく、交流の場としての側面が強くなるという。
「高台移転で団地や住宅が分散し、皆が顔を会わせる場も少なくなってきています。だからこそ、地域の新たな流れをつくってゆくことが必要なのです」と三浦社長はいう。
また、いままでの仮設さんさん商店街がそうであったように、地域内だけでなく、地域外からの訪問者にも地域を知っていただき、ともに楽しみ、憩い、交流することができる場にしてゆきたいという。
内陸部と沿岸部を横に結ぶ国道398号と、沿岸部を縦に結ぶ国道45号が出会う交通の要に、新さんさん商店街は位置している。JRのBRT志津川駅も商店街とともに移動してくる。近くには魚市場もあり、近々、海水浴場もオープンする予定だ。八幡神社、保育所も近く、自然な人の流れが生まれるだろう。
「敷地内の通路の長さを活かして、子どもの綱引きや大のり巻き大会もできます。すぐ近くに八幡神社があるから、門前町的な役割も出てくるでしょう。しばらく途絶えていた七五三の稚児行列を再開しようという話しも出ているんです」
嬉々として次から次へと抱負を語る三浦社長。体育協会との連携事業も積極的に行いたいという。「自分で考えているだけですけどね」と前置きして、「伊里前の商店街と連携して、マラソン大会もできるかもしれません。商品はアワビやタコの豪華版で!」
聞く方も気分が上がる。
交流の場としてのしかけ
志津川湾を臨む約6000㎡の敷地には、美人杉とも呼ばれる南三陸杉をふんだんに使った6棟の木造平屋の集合店舗がゆったり並び、海の景色や風を楽しみながら回遊できる広い通路でつながれる。
28店舗が入り、新鮮な魚貝を扱う鮮魚店から、町内外の山のもの、里のもの、加工品やスイーツ、手作り品を扱う店舗、電気屋、文房具店、ヘアーカット店など、土産物にもなる地元の物産品から地元の生活を支える店舗まで、各棟によって特色のある取り揃えになっている。また、地場産の新鮮食材を活かして、地元の食材を知り尽くしたシェフの料理を楽しめる料理店もある。
広場の中心には、休憩場所であり、寄り合いの場であり、イベント会場として……多様に活用できる「さんさんコート」が設置される。仮設商店街での積み重ねが、新さんさん商店街で内外の人が集う「交流の場」のしかけとして活かされる。
2015年6月から始まり、毎月第一と第三日曜日に開催している「さんさん朝市」も継続する。また、夜市の開催も検討しているそうだ。
変化させていかなければいけない時代に、忘れてはいけないもの
お話の中で繰り返し出て来た言葉は“地域”だった。
「地域文化再生のステージ」、「地域の新たな流れ」「地域の復興」、「地域の心」……。
今、被災地沿岸部はめまぐるしく変化している。よく知った場所であるはずなのに、久々に訪れると、自分がどこにいるのかわからなくなってしまうこともしばしばだ。
それに輪をかけて時の流れが“今の時代”を揺さぶる。人口減少の問題も、重い課題として町の未来にのしかかっている。そんな中で、「商店街も状況に応じて臨機応変に内容を変化させていかなければいけない」と三浦社長。しかし、絶対に変わらないもの、忘れてはいけないものもある、それは、“地域の心を大切にするハート”なのだという。
さんさん商店街の店舗は、3月3日のオープンに向けて急ピッチで内装が進められている。各店舗もいままでのものと同じではなく、それぞれ趣向を凝らした“変化”があるようだ。
新さんさん商店街も、また、まちづくりに新たな旋風を巻き起こす拠点として期待が高まる。
3月3日が待ち遠しい。