がんばる人に、そっと寄り添う。/大森丈広さん

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南三陸に生きる⼈を巡り、⼀巡りしていく連載企画「南三陸ひとめぐり」。第26弾は、南三陸の復興の象徴でもあるオクトパス君を手がける南三陸復興タコの会、新会長に就任した大森丈広さん。震災後にUターンした大森さんの想いを伺いました。

大人気の合格祈願グッズ「オクトパス君」

本格的な冬の寒さを感じる毎日となり、いよいよ本格的な受験シーズンに突入しようとしている。これまで努力を重ねてきた受験生にとって、プレッシャーや重圧を感じる季節。これまでの成果が発揮されるように、験担ぎや縁起物で気分を盛り上げていきたいもの。

「オクトパス君」はそんな合格祈願グッズのひとつ。オクトパス君が誕生したのは、東日本大震災前の2009年。当時、産業振興課の職員として町の観光振興に携わっていた阿部忠義さんが、観光協会とともに志津川の名産であるタコをモチーフに、合格祈願グッズとして「置くと」「パス(合格)」する=「オクトパス君」の文鎮を考案した。

震災で工房は流出し、一度は生産を諦めかけていたが、震災から2カ月後には文鎮の製作を再開。同年6月に「南三陸復興ダコの会」を設立、翌7月には被災した住民の雇用の場として「入谷YES工房」をオープン。主力商品としてオクトパス君グッズの企画・製作を展開した。震災後は合格祈願グッズにとどまらず、ゆるキャラとして南三陸の復興を牽引する存在となっていった。

そんなオクトパス君を手がける「南三陸復興ダコの会」の新会長が2018年6月に誕生した。震災後に南三陸町にUターンし、YES工房でデザインの仕事を担っていた大森丈広さんだ。

オクトパス君の未来に、自身の未来を重ねる

南三陸町志津川の細浦地区出身の大森さん。「おじいちゃんに絵を描いてもらっていたことがきっかけで、小さいころから絵を描くことが好きだった」という。

イラストやデザインの仕事をしたいと、町を離れ、東京でデザイン会社に勤務していた。アプリを手がけるなど、「好き」を仕事にできることに充実感を感じていた矢先、古里の南三陸を東日本大震災が襲った。

「家族の近くで過ごしていたい」と南三陸町へ戻ることを決意。ほどなくして、自身のイラストやデザインのスキルを活かすことにできるYES工房に出会った。

時間が止まったような味のある木造の建物の職場では、のんびりとしたゆっくりと時が流れる。

「震災で職を失った地域住民の雇用と交流ということが目的で設立されたYES工房では、のんびりとゆっくりとした職場環境があります。都心でバリバリと仕事を働いていたときとはまた違った感覚ですが、働きながらリラックスできたり、訪れた人も気が休まる、こういう場所が南三陸町民にとっても大事なのではないかと思うようになっていきました」と話す。

さらに、デザインだけではなく、オクトパス君というブランドや世界観を作っていくことのできるYES工房での仕事に非常にやりがいと充実感を感じていた。

「自分が考えたものが商品化されていくのはとても面白くて。YES工房で活動していくことが自分自身のやりたいことになっていったんです」

「会長就任は以前から声をかけていただいていましたが、正直悩むこともありました」と話すが、自身の描く未来と、南三陸復興ダコの会の描くビジョンが重なり合ったとき、新会長就任は自然な流れだった。

Uターンで実感した、古里の魅力

「一度、生まれ育った古里を離れ、Uターンしてきて気づかされたことがたくさんある」と話す大森さん。とくに感じていることが「自然環境の豊かさ」だという。

小さいときから、海で釣りをしたり、化石を掘ったり、山でクワガタをとったり、自然のなかで遊ぶことが大好きだったという大森さん。

古里に戻ってきてからというもの、震災後に調査で訪れたさまざまな学者との出会いや、国立公園への編入、ラムサール条約への登録など、「なんとなくよい」と思っていたことが次々に世界的に認められていった。そのことに大森さんは「より一層誇りをもつようになった」という。そして何よりも大森さんがうれしかったというのは、同じような想いをもつ人々と出会ったことだった。

震災により被災してしまった自然環境活用センターの再興を目指すために有志で集まっていた「南三陸ネイチャーセンター友の会」の活動に参加。

「初めて活動に参加したのは、Uターンしてから数年たってから、4年くらい前だったかと思います。地元の自然のよさを和気あいあいと話していたそのときの雰囲気がとても楽しかったのを覚えています」

職場以外で地元のよさを語り合える場があり、仲間と出会えたこと。大森さんにとってそのことは南三陸での暮らしを豊かにする大きなきっかけとなった。現在でも仕事の傍ら、活動に参加し、広報活動などを行っている。「このすばらしい環境をどのように生かしていくことができるか、それがたいせつになってくると思う」

頑張る人を、そっと見守る存在でありたい。

震災後立ち上がったYES工房は、「なにごとにもYES!」と前向きにチャレンジしていく、ポジティブに進んでいく南三陸の人々の象徴のようなものかもしれない。

情報が多く息苦しさを感じ、否定や批判も溢れている現代社会。そんな社会だからこそ、大森さんは「何事も否定せずに、肯定し、ポジティブなキャラとしてオクトパス君を大事にしていきたい」という。

「既にたくさん頑張っている人に対して、『頑張れ!』とメッセージを送るのは、プレッシャーや重荷になってしまう。だからこそ、オクトパス君はゆるくシュールなキャラで、そっと見守るスタイルで応援していきたい」

大森さんの柔和な笑顔と、そこから生み出されるゆるいキャラクター。プレッシャーをやわらげ、リラックスすることが必要なのは、受験生だけではない。息つくひまもない、せわしない社会で、多くの人の支えになることだろう。

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