農を核に、地域をつなげ、地域を楽しむ。

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南三陸町に移住し起業活動をおこなう「地域おこし協力隊」隊員を紹介していく連載企画。第6回は、衰退が危ぶまれる町の農業を振興し、漁業とともに町の一次産業や食を支えるべく活動に勤しむ藤田岳さん。何を隠そう、毎月このコーナーを執筆してます私自身なのでいずい感じですが、せっかくなので取り組みについて知っていただければと思いますのでよろしくどうぞ。

南三陸の農業を再興し推進する、“農業振興支援員”

いわゆる地方の田舎町である南三陸町は、多分に漏れず、一次産業が主産業になっています。製造業や飲食業・観光業などのサービス業も、元をたどれば一次産業に関係するものが多く、15歳以上の町民のおよそ5人に1人は一次産業に従事しています。

最も盛んなのは、漁業です。カキやワカメなどを中心とした養殖業やサケなどをはじめとした近海漁業、そしてそれらを原料にした加工品やキラキラ丼などの飲食物は、町の特産品として多くの人から親しまれています。震災以後は林業者の方々も精力的に活動をしていて、公共施設等さまざまな建築物に町の杉が用いられたり、町外からも優れた木材として脚光を浴びています。漁業と林業は、ともにASC・FSCという国際認証を、それぞれ取得したことでも注目されました。

そんななか、農業も盛んに行われていることはあまり知られていないように思います。特に町の4地区のうち唯一海に面していない入谷地区では、田んぼが広がる懐かしい雰囲気の里山風景も美しく、米のほかリンゴや鑑賞菊、「春告げ野菜」と呼ばれる青菜類や畜産などが営まれています。でもやはり、町の特産と呼ぶにはまだまだ知名度もなく、あまりパッとしないのが現状です。

入谷を舞台に、こうした農業を盛り上げて行くべく活動する“農業振興支援員”が私、藤田岳です。2016年5月に、町の一期生として地域おこし協力隊員に着任しました。着任当時は農業経験などほとんどない素人でしたので、(株)南三陸農工房という企業で研修生として学びつつ、入谷3山の1つ、童子山の中腹でワイン用ブドウの栽培に取り組んでいます。

南三陸農工房という会社は震災後に立ち上がった株式会社で、当初の目的は、震災後の混乱の中で農業の現場で雇用の場を作ることでした。これまで町ではあまり作られてこなかったさまざまな作物の栽培にも取り組んできていて、例えばそのうちの1つの長ネギは、「南三陸ネギ」という名前で現在JA等によってブランド化が図られていますし、国産有機栽培に挑戦中の漢方薬草トウキは、スイーツの材料や宿泊施設での入浴剤としても用いられ始めました。

農工房は農業を通じた交流を大切にしていることも特徴的で、年間2000人に及ぶ農業体験・ボランティアさんの受け入れを行ったり、私のような若者の研修受け入れ・雇用実績も複数あります。家族経営で代々後継され続いてきているような一次産業のイメージを覆し、農業をやってみたいという移住者が新規就農しやすい環境を整えてくれており、そういう環境でこれまで2年半に渡って農業の基礎を学んできました。

忘れもしない着任初日、いきなり鍬を持たせられたものの振り方もわからなかった私が、今となってはキレイに草も刈れますし、トラクターやユンボなどの重機を乗りこなし、今どき鍬を使って畝を立てたり、最近ではパイプハウスも自分で建てられるようになりました。百姓とはその字の通り、農業に取り組んでいると百のことをこなせるようになってくるものです。

六次化に取り組み、稼げる産業へ

農業の抱える課題の大きな1つとして、あまり儲けられないという問題があります。機械類の維持費や資材の購入などで意外と経費がかかる一方で、単価が安いため売り上げが伸びづらく、そのうえ天候等によるリスクに非常に左右されやすいという不安定さも持っています。そもそも家族経営が多いので人件費の部分は経費として無視されがちで、管理計算されていないだけでものすごい労働時間だったりもします。

そんな収益性を打破しようという方法の1つとして注目されているのが6次産業化という手法で、ワインもそうです。一次産業の「1」、二次産業の「2」、三次産業の「3」を足し算しても掛け算しても「6」になるということで、これらを一手にやってしまおうというのが6次産業です。つまりワインを例にすれば、ブドウを作る一次産業、ワインに加工製造する二次産業、それを販売する三次産業、これを全部やることで中間にかかる手数料や運送料などをなるべく抑える、ということです。通常ワイン用ブドウを作る農家であれば、ただ単にこれを出荷すればだいたい1kg300円くらいで出荷するのですが、1kgのブドウを絞って750mlのワイン1本にして3000円で売れたら、売り上げが10倍になるわけです。

加えてワインであれば、町の特産である豊富な海産物や農産物などの食資源と合わせて楽しむことができますから、水産業や飲食業・観光業と合わせて町全体を盛り上げる起爆剤になるだろうと、これがワイン用ブドウの栽培に取り組んだ理由です。

2016年着任時に仙台の秋保ワイナリーさんからいただいた苗木を100本、翌年の春に「南三陸ワインプロジェクト」を立ち上げ、植樹祭に集まっていただいた80人ほどの皆さんと一緒に700本の苗木を植栽し、現在3つの畑で800本の苗木を育てています。ブドウは植えてから収穫まで最低でも3年はかかるということで、まだ初収穫は迎えられていないのですが、ブドウたちはすくすくと生長してきています。

農工房に倣いたくさんの農業体験の方々と交流をしたり、サポーター会員制度を作って支援をいただいたりも行なっています。2017年には早速練習も兼ねて、ということで、他県産ブドウを用いて秋保ワイナリーの設備を借りて、という形ではありましたがワイン醸造も行い、3種類のワインを製造しました。南三陸応縁団など町関係のイベントや、南三陸ワインプロジェクトの主催するワイン会などで提供し好評いただいています。

まだまだ農家3年生のペーペーではありますし、未だに農工房社長や地域の方々に厳しく指導をいただきながらではありますが、農業の楽しい部分も厳しい部分も学びながら、ブドウと一緒に成長していっていると思います。

実は移住して6年半!

実は町に移住したのはさらに遡ること4年、2012年の春のことでした。すでにもう6年半、この町に住んでいます。当時は農業をやるつもりもやってみたいという想いもなく、“海が好き”というきっかけでした。

埼玉県という海のない環境に生まれ、“岳”という山の名前をもらいつつ、子どもの頃から海が好きでした。そんな名前を与える親なのでアウトドアや自然が好きで、幼い頃から釣りや登山やキャンプといろいろな経験をさせてもらったのですが、幼稚園の時に水族館に連れて行ってもらったことが衝撃的で「将来はシャチショーのお兄さんになる」と決めてしまいました。

幼稚園の頃からスイミングに通い始め、中高は生物部で生きものを飼育し、東京海洋大学という日本で唯一海を専門とする大学に進学します。

南三陸町は震災以前から海の教育に非常に熱心な自治体として業界では注目を浴びていて、特に「自然環境活用センター」という施設を町立町営で持ち、行政の取り組みとしてこういったことに取り組んでいる点はとても珍しい例の一つでした。震災で無くなってしまいましたが。そんな町を見てみたいと言うことで、2009年に大学のインターンシップを利用し、2週間ほど町に滞在したのが、私と南三陸の出会いになりますので、来年でかれこれ10年になります。

丁度就職活動を始めなくてはいけない春、というタイミングで震災が起こり、何か海に関わる仕事や暮らしがしたい、という想いと、馴染みのある町が被災した、ということが移住のきっかけでした。半年以上悩みつつも決心し、翌年春に移住をしました。志津川にアパートを借りて住み、NPO職員として行政の委託仕事を受け、放射能関係の環境調査の仕事に従事しつつ、町に観光に来られる方々や町の子どもたちに海のことを話したりするような活動をしてきました。

だんだんと海に限らない町の豊かな自然に魅了され、自然資源を活かした暮らしをしてみたいな、と思い始め、移住3年目からは使わなくなった田んぼをお借りし、仲間たちと米作りにも挑戦してみました。

4年が経った頃からそれを本格的にしてみようと、住まいをアパートから古民家に移してみたり、協力隊員として農業に転職してみたり、そして現在に至ります。

ずっとこの町に住みたいと思っていた、とかこの町に惚れ込んで、とかと言うよりは、ずっとやってみたかった海に関わる仕事がこの町ではできそうだった、というのが移住の大きなきっかけで、いざ住んでみてそれが一次産業に従事する、という方向へ変化してきました。

実は2012年当時は移住者はまだほとんどおらず、町には友達もいませんし、復興過渡期で休日に遊ぶような場所もなかったので、休みの日は山に行って1人で松ぼっくりを拾ったり、そんな暮らしをしていました。徐々に町の友人ができたり移住者も増えてきたりと彩りが出てきましたが、初の一人暮らし・初の社会人が、震災から1年しか経っていない被災地で知り合いもほとんどいない場所、ということで不安も苦労もたくさんありましたが懐かしい思い出です。

友だち100人できました

ちょうど町に来る頃にfacebookを始めたのですが、今見てみたら友人の数が1400人を超えていました。当然町の人だけではないですし、友人というか仕事で関わりのある方々もたくさんいるのですが、20代になってからこれほど知人が増えるというのも想像していませんでしたし、それほど多くの方々に助けられて暮らしているんだな、と思います。

本当に町のどこに行っても誰かしら知っている人に会うくらいに知り合いが増えて、東京や仙台から友人が来ると、どこへ連れて行ってもサービスしていただけたりするので驚かれて喜ばれます。

移住したばかりの頃に知り合いを増やさなきゃ、という気持ちでとにかくあらゆる行事に顔を出していて、福興市なんかはだんだんとお客さんからお手伝いになり始め、いずれお誘いいただいて「南三陸ふっこう青年会」にも入れていただきました。海を専攻していたということもあって漁師さんたちにも仲良くしていただき「南三陸海しょくにん」にも加入し、こうして町の若者たちの仲間もたくさんできました。

もともと音楽が大好きで、でもこの町では音楽を楽しめる機会が少ないということで、仲間たちと「UTAKKO BURUME」という大規模な音楽フェスを立ち上げたり、年2回はひころの里で「HiCoROCK」という、庭の竹で作った自作ステージとソーラーパワーでライブをするイベントを主催したりもしています。どちらも自然と音楽という大好きな2つを融合できているように感じる、嬉しい取り組みです。

農業に従事してからも海との関わりを絶やさぬよう、夏休み期間はサンオーレそではま海水浴場で監視員のアルバイトをしたり、戸倉のビジターセンターを用いてカヤックやスノーケリングのガイドをしたりもしています。自然体験のガイドや講座を頼まれて実施することもありますし、町の子供たちと一緒に自然の中で遊ぶ“森のようちえん”活動も細々と実施しています。

なるべく自然資源を満喫したい、ということで、庭の草を集めて草木染めでTシャツを染めてみたり、町の木を使って自宅をDIYリフォームしたりと、公私共に町の魅力を最大限楽しむ暮らしができてきているように思っています。今年は町の杉材を使ったギターを自作してみたいと思っていて、これも自然と音楽の融合の取り組みの1つです。

この秋にはついに、入谷地区最大のお祭りである“入谷打囃子”に地域民の一員として参加させていただき、入谷の民として認めていただけたかなという想いと、ご近所さんに知り合いがたくさん増えたことに喜びを感じています。

一人前の農家を目指して

地域おこし協力隊の制度は最長3年という縛りがありまして、今年度で私は任期満了になります。なかなか経営的に難しい部分もありますが、なんとかして来年度以降も農業を続けて地域に残りたいな、と考えています。最近はそんな計画を練って、役場や農協へ新規就農の相談に行くような日々。農地と、ビニールハウスもしくはハウスの部材を譲っていただける方を絶賛募集しています。

海が好きな想いも忘れず海とのつながりも保ちつつ、せっかく自然体験や環境教育といったものを専攻してきた経歴もあるので、農業にも教育の要素を取り入れていって、町を訪れる方々との交流もより深まるような、そんな農業をしていけたらいいなと思っています。

最近の暮らしのテーマは“アナログを楽しむ”。手回しのミルでコーヒーを挽いたり、レコードで音楽を聴いたり、フィルムカメラで写真を撮ったり。町の豊かな自然資源やエネルギーを活かして、アナログで丁寧な暮らしをしていく、農業もその一つかなという気楽な気持ちで、今後もこの町で楽しく健やかに生きていきたいなと思っています。

 

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