一枚のディスクが生み出す笑顔の輪/宮岡茜さん

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南三陸に生きる⼈を巡り、⼀巡りしていく連載企画「南三陸ひとめぐり」。第15弾は、この春、南三陸町に移住をした宮岡茜さん。南三陸にアルティメットという新風をもたらした彼女の想いに迫ります。

南三陸にもたらされた新しい風

この春、南三陸にもたらされた新しい風。

わずか数カ月のうちに、その風はさまざまな人を巻き込みながら、大きなうねりとなっている。

その風のきっかけとなったのは、宮岡茜さん。フライングディスク(フリスビー)を使ったチームスポーツのアルティメット日本代表U20のマネージャーとして世界大会に参加していたという経歴をもつ彼女は、この春から南三陸に移住。新社会人としてスタートをきった。

東日本大震災が起こったのは、宮岡さんが高校1年生のとき。テレビで繰り返し流れる津波の映像が頭から離れなくなった。

キリスト教信仰に基づく教育のなかで「いのちの尊さ。いのちを慈しむ精神」を育んでいた。そんな最中に発生した大きな災害。それを彼女は他人事のようには感じられなかった。

「人を助けるのが本来あるべき姿にもかかわらず、見てることしかできない自分にもどかしさを感じていた」という。バザー活動や、募金活動などやれる範囲で行動をおこした。

そして、2年が過ぎた2013年3月。高校を卒業するタイミングで、学校の有志プログラムとして東北を訪れた。それが、南三陸との最初の出会い。その時期、南三陸はわかめの最盛期。地元漁師とともにわかめの作業を手伝い、たった3日間のうちに受け入れ先の家族とは本当の家族のような関係になった。

いつでも「おかえり」と言って迎え入れる大切な家族と南三陸で出会った(写真提供:宮岡茜さん)

アルティメットに魅せられた大学時代

その後、東京農業大学に入学した宮岡さん。大学時代はアルティメットに没頭することになる。

「おばがアルティメット経験者で、高校時代に何度かプレーしたことがあったんです。大学に入ったら絶対やってやろうって」

スロー、キャッチ、ダイブ……。アルティメットのもつダイナミックなプレーの連続に、彼女は魅せられた。しかし、度重なるケガに見舞われた。「両足首の靱帯損傷、肉離れなど大会の度にリハビリするような状態だった」

それでも、彼女はアルティメットから離れることはなかった。大学学生連盟関東支部支部長となり大会運営やイベント企画などを実施。選手から魅力を広げる立場となり、アルティメットの普及とつながりを深めることになった。

「マイナースポーツで競技人口が少ないからこそ、選手のつながりが強くて、運営をやっていると知り合いの幅が増えて楽しかったですね。大学を超えた横のつながりが生みだすようなイベントを企画した時には、参加してくれた人が『楽しかった~』と言ってくれたことに喜びを感じました」

2016年にポーランドで開催されたU20の世界大会にマネージャーとして参加することになったのも、そこで生まれたつながりがきっかけだった。

そんな世界を舞台に活躍していた大学時代にも繰り返し訪問した南三陸町。親しくしていた家族はいつも「おかえり」と言って迎え入れてくれた。

神奈川県相模原市出身で「田舎に憧れがあった」という彼女にとって、たくさんのお土産話とともにある南三陸への訪問は、まるで田舎へ帰省するような感覚だった。

「全国各地にできたアルティメッターの仲間が財産」と話す(写真提供:宮岡茜さん)

自然のなかで、作業着の人がいて…それが私の働きたい場所

大学で学んだ農業、そして南三陸で出会った漁業。一次産業の大切さに気づいたからこそ、就職活動でもそれに関わることを選んでいった。

東京大手町の就職説明会にも足を運んだ。しかし、ヒールで地面をカツカツ鳴らす姿に違和感を覚えた。そんななか宮城県の移住窓口で言われたことが心に残っているという。

「どこで働くかを考えるときに、『ドアを開けたとき、そこがどういう場所で、どういう人がいるのか想像してみてください。それがあなたの働きたいイメージなんですよ』と言われたんです。それで、自分が考えてみたら『自然のなかで、作業着の人がいて…』って環境だったんです。やっぱり南三陸だなって」

4月に入社することになるJA南三陸の内定通知を得たのは、アルティメットの世界大会でポーランドにいるとき。最終戦の直前だった。

「試合前に円陣を組んだときに、『内定をもらったから、みんなもがんばれ』って檄を飛ばしたんですよね」と笑う。配属先は営農生活部。農業大学での経験を存分に生かせる環境にいる。

東京農業大学農学部農学科に所属した宮岡さん。主にイネの作物学を扱った

南三陸、気仙沼の仲間とともに新たな挑戦

「中高も、大学も、アルティメットもつくづく人の出会いに恵まれているなぁ」と話す宮岡さん。それはきっと、彼女自身が人との出会いを大切にしているから。

南三陸に移住して、4カ月。

移住後の慣れない生活からか「なんのために南三陸に来たんだろう」と落ち込んだ時期もあったという。そんな彼女を救ったのもアルティメットだった。

ディスクを通じて徐々に仲間と出会い、つながりが生まれた。彼女が投じた一枚のディスクから生まれたつながりは、少しずつ大きなうねりとなっている。ディスクが一枚もなかったこの町で、今や毎週20名が集まってディスクを追いかけている。

ディスクをつなぐ、ディスクでつながるーー。

彼女が大学時代に立ち上げたイベントのコンセプト。その意味の大きさを、遠く離れた移住先のこの町で再認識することになる。今、ディスクを共につなぐ仲間たちの笑顔を見れば、彼女がここに来た意味の大きさは言葉にするまでもない。

年齢も、出身も、国籍もバラバラな人たちが南三陸で、ディスクをつなぎ、ディスクでつながっている

彼女にとって大きなきっかけとなった言葉があるという。

「あなたなら両方できる。どちらかを諦めたらきっと後悔するでしょ?」

高校生のとき、先生に投げかけられたその言葉が、部活と委員会、二つのリーダーを務めた宮岡さんの支えとなった。そして、それ以来「やらずに後悔するより、やって後悔」を合言葉のように駆け抜けてきた。

初秋の南三陸で、あるイベントが企画されている。それは「第1回南三陸ビーチアルティメット」。舞台となるのは、今年7年ぶりの海水浴場オープンを迎えた「サンオーレそではま」。南三陸・気仙沼のグルメ出店や、地元ならではの商品など、ここでしか味わえないものを目指している。

一人の女性によって南三陸にもたらされた新しい風。手をあげれば誰かが応援してくれる。そんなこの町の風土は、何よりも心強い追い風かもしれない。

会場となる「サンオーレそではま」は震災の影響で休止していたが、今年再開を迎えた

インフォメーション

大会名:第1回南三陸ビーチアルティメット
日時:2017年9月3日(日)
場所:サンオーレそではま(宮城県本吉郡南三陸町志津川)

主催:宮城県フライングディスク協会
主管:南三陸ビーチアルティメット実行委員会
協賛:南三陸 金比羅丸 他予定

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