「袖浜」とともに、これからも。/明神崎荘・佐々木昌則さん

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南三陸に生きる⼈を巡り、⼀巡りする連載企画「南三陸ひとめぐり」。第14弾は、この夏待望の再オープンを迎える「サンオーレそではま」の近くで「明神崎荘」を営む佐々木昌則さん。その激動の人生に迫りました。

袖浜の海で遊びつくした少年時代

「サンオーレそではま」のある南三陸町志津川の袖浜地区は、震災前、小さな集落に10軒以上の民宿がある民宿街だった。海水浴に訪れたお客さんが民家の縁側で休憩をしていったことが、この地域の民宿の始まり。そのうちに「ご飯食べていくか?」「お酒飲んでいくか?」「泊まっていくか?」というようになっていき、今のような民宿のスタイルになっていったという。

海水浴場にほど近い佐々木昌則さんが育った家も、そのひとつ。養殖業を営んでいた父親が、民宿「向」として営業を始めたのは佐々木さんが中学生のときだった。自然を満喫しながら、水揚げされたばかりの魚介類を楽しめる宿は一度訪れるとファンになり、リピーターが多かった。

佐々木さん自身も、生まれ育った「袖浜」の海が大好きだった。

「海開きすると、岸から一斉に泳いで、みんなでいかだを目指して競争していましたね。夏は毎日朝から日が暮れるまで海で遊んでいたのを記憶しています」と笑う。

東日本大震災で民宿を流出

高校卒業後、町外で仕事をしていた佐々木さん。電子機器メーカーでソフト開発などの仕事に精を出していた。30代後半となり、仕事の上でも脂がのってきたときだった、民宿と養殖業を営む父が脳腫瘍で倒れた。すでに病が進行していて、余命数カ月だった。平成18年、佐々木さんは民宿と養殖業を継ぐために志津川の町に戻ってきた。

サラリーマンから、民宿の経営と漁師への転身。右も左もわからない状態だった。しかし、不思議と不安はなかったという。「民宿のことは母親に教えてもらいながら、海のことは同級生などに教えてもらいながらなんとかやっていました」

東日本大震災による大津波が襲ったのは、それから5年後。「ようやく宿が軌道にのってきたころです。夏は海水浴客で賑わい、お客さんも増えてきて、改築して部屋数を増やそうと許可を取った矢先のことでした」

大津波は民宿、自宅、船、養殖場のすべてを飲み込んでいった。「こんなことが起こるのか」と、ただ茫然と、あっけにとられるように、その光景を見ていたという。

避難先で忘れられなかったふるさと南三陸への想い

「先のことはなにも考えられなかった」という佐々木さんは、数日後、奥さんと子ども3人といっしょに奥さんの実家広島県に向かっていた。慣れない土地で道路工事の警備員などのアルバイトや市の嘱託職員をしながら生計をたてていた。

「ただ、子どもたちは慣れるのも早いもので、しばらくすると家での会話も広島弁が出るようになって。でも、私は広島で過ごす日々が長くなれば長くなるほど、ふるさとである南三陸のことが脳裏をよぎるようになっていったんです」

残されたままの土地、仮設住宅に住む母親、町で頑張っている仲間のこと――。

「このまま、ふるさとから離れてしまっていいのかなという複雑な想いをずっと抱いていました。やり残してきたことがあるのに、南三陸から逃げてしまったようで、このまま避難先にいたら後悔するのではないかと感じていたんです」

悲願の再建。2014年に明神崎荘オープン

そんなとき、県が再建費用の一部を補助する「グループ補助金」があることを知った。「民宿の再建などまず無理だろう」とあきらめていた佐々木さんにとって、このグループ補助金は暗闇のなかに差し込んだ一筋の光だった。そこから一気に花開くように民宿に対する想いが広がっていった。

またお客様がゆっくりと泊まれる部屋を作りたい――。

こう決意した佐々木さんは、奥さん、子どもを残し、単身で南三陸に帰ってきた。土地探しや資金集めに苦労することも多かったが、「後悔したくない」の一心で奔走した。

そして2014年3月10日。震災から3年がたつころ、袖浜の高台に悲願の宿がオープンした。「明神崎荘」と名前を一新。以前よりやや内陸の高台に再建したが、宿から見える袖浜の海の美しさは変わらない。

宿から見える袖浜漁港の景色

再建からこれまで数々の出会いがあった。その中でも忘れられない出会いがある。

「ずっと昔、親父の代から来てくれているお客様が来ていただいて。昔の海水浴場の白黒の写真と親父の若いころの写真を持ってきてくれるお客様がいたんです。それをまるで昨日のことのように楽しそうに話すお客様を見ていたら、私たちからしたら日常の一コマでも、お客様にとっては一生の思い出になっているんだなあと、宿をやるということは、そうした一生の思い出作りに貢献することなんだなあと身が引き締まる思いでしたね」

再び賑わう「サンオーレそではま」とともに

震災から6年半がたつこの夏、「サンオーレそではま海水浴場」がオープンする。佐々木さんもこの日を待ち望んでいた。

「ここで生まれ、ここで育った一住民として、ガレキだらけになっていた海水浴場が、以前のようにパラソルでいっぱいになっているのを想像するだけでうれしいですね。前の賑わいが戻るんだなぁって」

海水浴場から歩いて10分ほどの明神崎荘は、休憩所も兼ねる。

「かき氷などはもちろん、つぶ貝やホタテのバーベキューにビールも用意する予定。日帰りのお客さんでもふらっと寄ってもらえたらうれしいですね」と目を細める。

「再建してからというもの、本当に人とのつながりを実感しています。親父の代から常連だったお客さまが来てくれたり、昔の写真を持ってきてくれるお客さまがいたり。小さな宿ですが、一人一人と密な関係をつくれるようなところにしていきたいですね。そしてこの町に来てよかったと思ってもらって、この町のことを好きになってくれたらうれしいですね」

きっとこの夏は、袖浜で生まれ、育った男にとって忘れえぬ夏になる。そして、訪れた方にとっても一生思い出として残る夏になることだろう。

この夏オープンを迎える「サンオーレそではま」

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