牡蠣一粒一粒に詰まった珠玉のストーリー/阿部民子さん

5628

南三陸に生きる⼈を巡り、⼀巡りしていく連載企画「南三陸ひとめぐり」。第19弾は、震災後、海産物のギフトセット「たみこの海パック」を開始した阿部民子さん。国際認証を取得した牡蠣を広めることで、震災後の漁師たちのストーリーを伝えていきたい、と意気込んでいます。

漁師に嫁いだ主婦が震災を機にビジネスを開始

世界三大漁場に数えられる三陸の海。年間を通して豊かな海産物が水揚げされるが、秋冬は特に豪華だ。4年の歳月を航海してふるさとに戻ってきた鮭がもたらすキラキラのいくら。プリプリの食感で病みつきになる高級食材、アワビ。脂がのって、身がギュッとしまった寒鱈。そして、クリーミーで濃厚な風味が楽しめる牡蠣。

山形県出身の阿部民子さんは、南三陸町戸倉地区でわかめや牡蠣、ホヤなどの養殖を行う漁師に嫁いで30年。「食卓にあがる海産物が本当においしくて。すごいぜいたくだなって思っていました」

しかし2011年の東日本大震災で生活は一変。家も仕事場も失い、不安な日々が続いた民子さん。津波の恐怖から、海に出ることが出来なくなり、海から離れて仕事をしていたこともあるという。それでも、「南三陸で生きることは、海と向き合わなくてはならない」との思いで、自らできることを模索した。そうして考えだした答えが、南三陸の自慢の海産物を詰め合わせにして販売するという方法。「震災前から、自分がおすすめできる海産物を親戚などにギフトとして贈っていた」という経験から生まれたビジネスだ。

普通の主婦だった民子さんが震災をきっかけに社長に。その苦労は計り知れない。それでも、笑顔で挑み続けた。

新鮮な海の幸を届ける「たみこの海パック」

震災後、牡蠣の養殖いかだを3分の1に

民子さんが海産物のギフトという挑戦に挑むなか、戸倉地区の漁師たちも新たな挑戦がはじまっていた。震災前、戸倉地区が過密養殖に悩んでいたということがその背景にあった。

生産量をあげることを追求し、質より量をとろうとしていた牡蠣養殖。利益を求めるがあまり、牡蠣の数を増やし続け、海の能力の限界を超えていた。当然、牡蠣の品質は低下。市場でも戸倉産の牡蠣の評価は低くなっていた。「変えなければいけない」という考えがなかったわけではない。しかし踏み出すことができないまま月日が過ぎていった。

そんな最中、東日本大震災が発生した。町を飲み込んだ大津波は、海の養殖施設も飲み込んでいった。

民子さんの住む地域では、養殖いかだだけでなく、船も、加工場も大きな被害を受けた。そんな状況から養殖の再開に向けて、漁師たちの話し合いが行われ「震災前の過剰生産をやめて、約3分の1以下まで養殖いかだを削減する」という方針が示された。もちろん民子さんの夫もその方針に従うことになる。

この方針に「牡蠣養殖いかだを3分の1まで減らすことは、収入が減るということ。家計を考えれば、正直不安も大きかった」と民子さんは振り返る。

漁師間でも多くの異論がでた。それでも何度も膝を突き合わせて話をした。時には、けんかになりながら。時には、涙を流しながら。時には、酒を飲みながら。これまで一匹狼として個人の想いで動いていた漁師が、震災という危機を経て、ひとつになろうとしていた。大きな不安を抱えていたのはみんな同じ。それでも、このままではいけない。震災前に戻すだけでは意味がないとも、みんな感じていた。

「何度も何度も話し合いを重ねた結果、過密だった牡蠣養殖を終わらせ、環境に配慮した養殖に転換し、子や孫の代までつないでいくやり方を選択したのです」(民子さん)

海の恵みをたっぷりと吸収して育つ牡蠣

環境にも、人にもやさしい養殖牡蠣が誕生

すると、震災前は牡蠣の収穫まで2年~3年かかっていたものが、1年で収穫できるようになった。そして、産卵も一度しか経験しないために、渋みが少なく食べやすい牡蠣が生まれた。これまで最低ランクだった牡蠣の品質が評価されていくようになった。

過密だった牡蠣養殖は自然環境だけではなく、働く人にも大きな負荷をかけていた。

「震災前は、早朝から晩まで休む間もなく働いていた。今は午前中で終えることができていて、加工業務や販売、広報などほかの仕事もできるようになっています。若い人がこうした漁業ならやれる、と戻ってくるきっかけにもなっています」と話す民子さん。

2016年にはこうした持続可能な漁業への取り組みが評価され、国内で初めて国際認証ASCを取得した。

環境にも人にもやさしい漁業は、後継者も育てることにつながる。日本各地の漁村で後継者不足が叫ばれている中で、この地で行われている漁業のやり方はひとつのヒントになるのかもしれない。

ASCの牡蠣を広めることで、震災後の漁師のストーリーを伝えたい

今年も東北地方に上陸した台風や、低気圧の影響によって2割ほどの牡蠣に被害が出た。震災前から量が3分の1になっているなかでの2割の被害は、より大きな痛手となる。

「だからこそ、生産者はひとつも無駄にできない、との思いで、文字通り一つひとつに想いを込めて丁寧に作っているんです」

民子さんの手がける南三陸の海産物ギフト「たみこの海パック」でも、ASC認証の牡蠣を手に入れることができる。

戸倉地区で牡蠣養殖を行うのは37軒。

うまみたっぷりの牡蠣の身にギュッと詰まっているのは、6年半前の未曾有の大震災から、何度も困難を乗り越えてきた、南三陸で海とともに生きるものたちのストーリーだ。「ASCの牡蠣を多くの人に届けることでこの物語を多くの人に伝えていきたい」と意気込んでいる。

民子さんのもとには国内外から訪問者が絶えない。直接ストーリーを伝えていくことも大きな意味がある(写真提供:たみこの海パック)

インフォーメーション

たみこの海パック

HP:https://www.tamipack.jp/

Facebook:https://www.facebook.com/Tamikonoumipakku

いいね!して
南三陸を応援

フォローする
前の記事2017年11月30日/定点観測
次の記事<12月6日放送>みなさんぽ
ライター 浅野 拓也
1988年埼玉県生まれ。学生時代はアフリカや中東、アジアを旅したバックパッカー。卒業後は、広告制作会社でエディター・ライター業を経験。2014年に取材でも縁のあった南三陸町に移住。南三陸をフィールドにした研修コーディネートを行うかたわら、食・暮・人をテーマにしたフリーランスのライターとして活動している。