志津川高校イツメントリオ / 10代333(みなさんトリオ)

5582

南”三”陸の同世代”3”人組が”3”つのテーマで語り合う座談会企画『333(みなさんトリオ)』。第1回は、志津川高校に在籍中の10代3人に語り合ってもらいました。高校生の想う町の姿と未来とは?

第1回『333(みなさんトリオ)』

『333(みなさんトリオ)』は、南”三”陸の同世代”3”人組が”3”つのテーマで語り合う座談会企画。

町について想うことを、町民のみなさんにざっくばらんに語り合っていただき、町民の目線から発信していく連載企画です。

南三陸町民から10代/20代/30代・・・と年代ごとの3人組を発掘し、町の<過去><現在><未来>の3つのテーマで自由にトークしていただきます。

第1回は、中学生の頃から仲よしという10代の3人にお話を聞いてきました。

小学校5年生の時に東日本大震災を経験し、多感な10代の大部分を復興過渡期まっただ中で過ごす彼女たちの目に、町の姿はどのように写っているのでしょうか?

3人の出逢いと、現在の関係は?

――最初に、それぞれ自己紹介と、3人の出逢いや関係について教えてください

藍香(以下あ)「菅原藍香です。入谷水口沢の生まれで16歳です。」

かおり(以下か)「佐藤かおりです。志津川の清水生まれで、今は荒砥に住んでいます。16歳です。」

みすず(以下み)「遠藤みすずです。志津川の保呂毛で、17歳です。」

あ「志津川高校の同級生で、同じ吹奏楽部です。」

か「私は清水小学校だったんだけど、小3の時に志津川小と合併してみずと一緒になりました。」

あ「私は1人だけ入谷小で、中学校から3人一緒になって、その頃から”イツメン“なんです。」

※イツメンとは…いつものメンバー。仲の良いグループのこと。

左から、藍香さん・かおりさん・みすずさん

テーマ①「町の<過去>について」

――では最初のテーマとして、町の過去について聞きたいと思いますので、小さい頃の思い出とか、自由に話してください。

か「私は袖浜の公園でよく遊んでた。」

あ「夏祭りのとこでしょ?」

み「私行ってない~、花火の時しか行かなかった。遠いもん。私はいつもばーちゃんと遊んでた。」

あ「小3か4くらいのころカバの遊具できたよね。」

み「小学生の頃は、基本的にそれぞれの地域でしか遊ばないよね。でも私の地域には男子しかいなかった。」

あ「かおのとこも男子だけじゃない?男子と遊んでたの?」

か「男子とは遊ばない。」

あ「海では遊ばないの?志津川と言えば海じゃん。」

か「清水の海でカニとか捕って遊んでたよ。」

み「私は親が連れてってくれないと海には行けなかったからな~。志津川でも海近くなかったから。代わりに水尻川で遊んでた。」

あ「入谷は女子5人しかいないんだけど、みんなで山行って遊んでた。野イチゴ採ったり。家が田んぼもやってるから、毎年手伝ってた。小さい頃は手で稲刈りしてたけど、機械買ってからは手伝い無くなっちゃった。よく鎌なくして怒られたよ。」

か「うちは田んぼないや。」

み「うちはあったけど大分前に止めて、年1回草刈りするくらいだった。」

あ「おたまじゃくし捕りにいった。かわいいよね。」

み「幼稚園の頃牛乳パック持ってとりにいった~!」

か「今触れる?」

全「触れない~」

あ「小学校の帰りに田んぼ寄って、誰が一番捕れるか競争してた。一番捕れた人は、帰り道になってる野イチゴとか果物食べれるの。あんまり遅くなるとばーちゃんに怒られるんだけど。みずは川でカニ捕ったりしなかったの?」

み「家の前の川は水ないからな~。上流行くとあって、魚もいるけど。あ、ホタル捕って遊んだ!タッパーに入れて。みんなに見せて回った。」

あ「蛍いるとこ少なくない?いいなーみずの家引っ越していい?」

み「今年はみんなで取りに行こうよ!」

あ「入谷小学校の遠足は、気仙沼のシャークミュージアムと、松島行った」

み「志津川は多賀城と、県庁行ったよね。あと、学校からベイアリ(ベイサイドアリーナ)まで歩いた。あと、地区のお祭りで、保呂羽山に登ったよ。天狗と一緒に歩くの。旗持ったり太鼓持ったりして。」

か「清水の辺りはお祭りなかったな~。灯篭流しはあったけど。」

あ「入谷は打ち囃子。今でも4年に1回必ず参加してるよ。笛担当で。」

み「中学校は、1年生自然の家、2年生が仙台、3年生が東京だったね。ディズニーランド!」

あ「期待したほどじゃなかったよね。40分待ちとか。ベニーランドの方が近くだし。」

か「ベニーランド行ったことない。なにあるの?」

み「プリキュアショー。あと観覧車とかバイキング。あと小さい時行ったのは、チャチャワールドとか、ニュージーランド村かな。」

か「サンポートの屋上にも小さい遊園地があったんだよ。」

み「そういえば森田屋行きたい~。駄菓子屋。雄新堂の通り。20円ぐらいあればお菓子とか買えたよね。」

か「うんうん。」

あ「志津川いいな~。栄えてて。」

み「あ、あと夏休みに大雄寺でラジオ体操あったり、男女に分かれて肝試ししたりした~。お地蔵さんとかあるとこ1周するんだけど、中学生以上の人が水風船とかで脅かしてくるの。参加すると花火もらえて、みんなで花火して終わり。」

あ「入谷からすると、志津川は月1回くらい行ける都会だったよ。ケンズとか。黄色い看板の。」

み「いろいろ売ってたよね。本とか、夏は浮き輪とか。途中からタコ焼き屋入ったよね。でも海あんまり行かなかったから買ってもらえなかった。」

か「私は毎日海だった。泳がないけど、カニとかフグ捕ったり。海の物嫌いだから食べないけど。」

あ「こないだかおと魚釣り行ったんだけど、かおだけ魚触れなかったよね。」

か「藍香が行きたいって言うからお父さんに船出してもらってね。タナゴ釣れたね。あとこないだザリガニの赤ちゃん生まれたから藍香にあげたよね。」

あ「帰るまでに死んじゃったけど。かおりんち、昔からよく行くよね。」

み「私もハムスター見に行って、鬼ごっこしたの覚えてる~。けっこう大量の人数で行ったよね。」

か「昔から生きもの飼うの好きだったんだよね。その辺で捕まえたの飼ったり。」

テーマ②「町の<現在>について」

――ではそんな過去を経て、現在の町についてはどう思いますか?

み「道が変わりすぎてわかんないよね。気付いたら通れなくなってたり。」

あ「道迷って海に出ちゃったりするよね。寄り道するとこもないし。」

み「なんにもない。遊びに行くとしても人んちしかない。」

あ「でも土曜日とかは商店街で遊んだりするよね。クレープとかラーメンとか食べて。」

み「カラオケできたよね。でも遊ぶとこ本当に少ないよね。休みだったら佐沼か石巻行くもんね。」

あ「でもバスが有料になってからあんまり行かなくなったね。」

み「あとは休みの日はセブンイレブンでバイトしてる。」

あ「私も。土木のおじさん達とかおもしろいよね。」

み「放課後は部活して、ちょっとダベって帰る。」

あ「職員室前で、先生と話したりね。」

み「志高(志津川高校)はみんな知り合いだから、気楽でいいよね。あとは知らない人でも話しかけてくるのも町のいいとこだよね。こっち知らなくてもあっち知ってるし。でも、方言でたまに何言ってるか聞き取れないことあるよね。」

あ「なまり×早口は凶器だよね。」

か「浜の方はすごいよ。ばーちゃんとか全然わかんない。」

み「地区ごとでも方言違うよね。あと使ってる言葉が方言かどうかわからない。ケンミンショーで初めて知ったり。」

テーマ③「町の<未来>について」

か「私も特に進路は考えてないけど、町を出たいとは思ってる。」

あ「就職もこの町だと限られてるよね。」

か「いろいろ将来の夢はあるけど、この町だと難しいな。」

あ「親戚たちもみんな町出ちゃったもんね。」

み「私は保育に進んで、仙台か地元かはまだ決めてないかな。」

あ「みんな町からいなくなっちゃうから、町に戻らなきゃな、っていう想いはある。」

み「働く場所があれば帰ってきてもいいな。」

あ「そんな近代的じゃなくてもいいよね。」

み「前の感じで十分。」

あ「あんまり変わっても悲しいよね。」

か「私はまだ将来の夢とかなくて。いろんな仕事がありすぎて、どれが自分に向いてるかわからない。」

あ「あとはこの町ではたくさんの仕事を見ることができないから、1回東京行け、とも言われる。」

――この町で育った3人は、例えば将来結婚して子育てするとして、この町でしたいと思いますか?

み「自然に触れながら、あと定期的にお母さん同士集まれるとか、そういう場所で子育てしたいな。」

あ「自分の育った環境がいいなと思う。でも買い物とか学校が困るから、佐沼とか仙台に通うかな〜。」

み「中心部は都会なんだけど、少し離れたら自然いっぱいで、家はそこにあって。」

あ「自然と、都会とバランスいいといいよね。」

み「自然もあって、でもある程度不自由がない町って感じかな。」

――では一番最後に、未来に残していきたい町の好きな所・魅力はありますか?

か「山とか海とか、私が育った自然はいいところだから残していきたい。あとは人が優しくて、そういう人たちがいっぱいいたらいいな、と思う。」

み「自然とたくさん触れ合いつつ、昔から地域の結びつきが強いから、そういうところを残したい。」

あ「町の、みんな知り合いみたいな雰囲気が、やっぱりいいと思います。」

対談を終えて

小学校の頃から仲よしという、志津川高校の”イツメン”トリオ。

子どもの頃の想い出話からは、地区ごとの遊びの違いから、町の自然環境性の多様性を窺い知ることができました。

また、普段はあまりしないであろう将来の話や町の未来についても赤裸々に語ってくれました。

あまり明るいとは言えない町の仕事事情の中にも、自分が生まれ育った町で暮らしたいという想いも垣間見ることができました。

彼女たちが暮らしたいと思える町を目指して、わたしたち大人たちも、そして彼女たちも、豊かな地域づくりを頑張って行かなければいけませんね。

いいね!して
南三陸を応援

フォローする