新庁舎の「木」に詰まった未来への想い/佐藤太一さん

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南三陸に生きる⼈を巡り、⼀巡りしていく連載企画「南三陸ひとめぐり」。第16弾は、若き林業家・佐藤太一さん。今月9月4日に開庁を迎える南三陸町役場新庁舎の木に込めた想いに迫りました。

新庁舎のFSC®全体プロジェクト認証の立役者

9月4日に開庁する「南三陸町役場新庁舎」。環境に配慮した森林運営の国際認証制度FSC®の「全体プロジェクト認証」を8月30日に取得した。全体プロジェクト認証取得は、公共施設としては国内初となる快挙だ。その立役者となったのが株式会社佐久の専務取締役・佐藤太一さん。南三陸町で代々林業を営み、佐藤さんで12代目となる。

仙台育ちの佐藤さん。しかし、佐藤家の実家のある南三陸町には盆正月、長期休暇の際には必ず帰ってきていた。五日町商店街のそばに家があったので、いとこや友達と「フレンズ」に行ったり、「サンポート」で遊んだりしていたという。

「ふだんは仙台で暮らしていたので、南三陸は『田舎』に帰ってくるような感覚でしたね。たくさんの親戚に囲まれ、南三陸に行くのを楽しみにしていたのを覚えています」

さらに、家業の山林にもよく足を運んでいたという。「従業員に連れられて山には行っていましたね。小さいときから父親には継ぐということを言われていましたからね。その当時は、山に遊びに行くのも好きでしたし『そういうもんなんだなあ』って思っていたくらいですけど」

南三陸杉をふんだんに使用したデザインが印象的な南三陸町役場新庁舎

変わり者のオカルト好きが転じて研究者へ

小学校のとき聞いていた音楽はテクノミュージック。コーネリアスにハマったり、校内放送でスチャダラパーを流したりした。周りはポップスしか聞いていないなか、「ちょっと人とは変わったものが好きだった」という。とくに、幼少期からの「オカルト好き」は今も変わらない。

「小さいときから怪談話が大好きで、あとはUFOやネッシーなど科学的に解明されていないことが大好きで、『空想科学読本』を読んでは友だちと『本当なのか嘘なのか』って話していましたね」

分からないこと、未知の世界を探求することが大好きだった。そんななかでも現実の世界を科学的に解明していく物理学に興味を抱いた。

高校卒業後は、山形大学理学部物理学科に入学。「大学に入るときには、ドクター(博士課程)までやるって決めていました」と話す通り、学部卒業後は山形大学大学院理工学研究科に進学。「30歳になるまでは好きなことをやってよい」という佐藤家のルールのもと、宇宙放射線物理の研究に励んでいた。

そのさなか、東日本大震災が発生。実家はもちろん、かつて遊んでいた南三陸の町を丸ごと飲み込んでいった。実家や会社、思い出の場所が飲み込まれていくなかで、残ったのは代々大切に守り継がれてきた山だった。

佐藤さんの執筆した博士論文のタイトルは「2万6千年前の古木単年輪中宇宙線生成核種14Cの濃度変動に関する研究」

家業を継ぐ決意。そして持続可能な林業へ

博士号を取得するとともに、家業を継ぐ決断をした。「いずれは家業を継ぐという思いでしたし、山は好きだったので、林業をやること自体に抵抗はなかった」という佐藤さん。そうして父親とめざしたのが「新しい林業の形」であり、環境に配慮した「持続可能な林業」だった。

その象徴的なものが、国際的森林認証FSC®(Forest Stewardship Council:森林管理協議会)の取得だ。FSC®とは生態系の保護や労働環境などまで含めた持続可能な林業かどうかの判断基準となる認証。佐藤さんが中心となって働きかけ、2015年には町有林も含む4事業者の1314ヘクタールが認証を取得した。さらに翌年には町内の他地区の生産組合も参画。徐々にその輪は広まっている。

「南三陸町では、父親たちの世代が震災前から質の高い林業を行ってきていたんです。『ちゃんとやっているんだ』ということを証明しようってことで呼びかけてきました」と話す。

海のイメージの強い南三陸町だが、町の面積の80%近くが森林だ

「よい山」を未来につないでいく

「『よい山』ってどんな山だと思います?」

佐藤さんは山を視察に訪れた参加者に問いかける。人がしっかりと手入れをし、管理している山と、植林してそのままの山ではその違いが手に取るようにわかる。

「『よい山』は、光がしっかりと差し込んで、木の一本一本が太く伸びる。そしてさまざまな種類の下草があって、動物たちの住みかとなっている。ふん尿や死骸などが肥料となって、肥沃な土壌となる。その連鎖が『よい山』のあかしなのです」

南三陸町は分水嶺に囲まれ、町内に降った雨は川を下り、志津川湾に注ぎこまれる。豊かな海産物を育む志津川湾の環境には、町内の山、里の影響が直接現れる。

「『よい山』を作ることは、『よい海』につながるんです。そして、それは子や孫たちの世代に貴重な資源を継いでいくことになる」

目先の利益ではなく、他産業や次世代までを見越した林業経営。それが佐藤さんのこだわりだ。

ミネラル豊富な山林からの湧水が豊かな海水を育む

町が掲げるバイオマス産業都市構想。梁や内装、机などふんだんに町内のFSC®認証材を使用した「新庁舎」には、その旗印としての期待がかかる。「将来的には町内の全部の山をFSC®認証取得できるようなシステムを作っていきたい。ここがFSC®の発信拠点となることを期待している」と話す。

幼少期から未知のものを追い求める佐藤さんの探求心。それは大人になった今でも変わることはない。

佐藤さんの夢、そして南三陸町の描く未来が、新しくなった庁舎に詰まっている。

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