「恩返し」の一心で奮闘する派遣職員/佐藤守謹さん

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南三陸に生きる⼈を巡り、⼀巡りする連載企画「南三陸ひとめぐり」。第10弾は、朗らかな笑顔の若手農家…かと思いきや、役場職員の佐藤守謹(モリチカ)さん。妻子を実家に残し、派遣職員として奮闘する佐藤さんの思いに迫ります。

3.11で脳裏をよぎった雲仙普賢岳噴火の記憶

2011年3月11日当時、佐藤守謹さんは地元長崎県南島原市の役場職員として働きながら、地元消防団の一員としても活動をしていた。地震の揺れは感じなかったが、佐藤さんの住む長崎にも津波注意報が出た。沿岸部の住民に注意を呼びかけながら、ラジオを通じて流れる東北の被害に言葉が出なかった。

「そのときは、すごいことが起きている、大変なことになっているという感覚だけでした」と話す。そんな状況のなか、幼少期のある記憶が佐藤さんの脳裏をよぎった。

「私が小学生のとき、地元の雲仙普賢岳が噴火したんです。大変な状況だったにもかかわらず、いろんな人に支援に来ていただいたという記憶がよみがえってきました。東日本大震災でだんだんと被害の大きさが明らかになっていく放送を聞きながら、そのときのことを思い出し、今度は恩返しする番だと感じたんです」

地元南島原市の航空写真。中央奥に見えるのが雲仙普賢岳 撮影:佐藤守謹さん

「住民のために」奮闘する職員との出会いが転機に。

2011年4月末には、長崎県の災害派遣チームで二週間ほど岩手県の陸前高田市に支援に訪れた。

「想像を絶する、言葉が出ない、とはこういう状況なのだと」と当時を振り返る。

震災からわずか1か月半。混乱の真っただ中にある被災地で、支援物資の仕分け作業や、避難所の運営補助を行った。そこで出会った自身も被害にあったなかでも住民のために働いている市の職員や、奮闘する住民。身を粉にして働く彼らの存在が、同じく公務員として「住民のために」働く立場にあった佐藤さんの胸に深く刻まれた。

「たった二週間の滞在で、私自身は被害のないところに帰っていくが、被災地の人たちはそれこそ終わりの見えない状況で生きていかなければいけない。そんなやりきれない思いを抱えたまま長崎に戻りました」

佐藤さんに転機が訪れたのはそれから数年後。南三陸町への派遣の話があった。奥さんと子どもを残し、単身東北の地を踏む決断の難しさは想像に難くない。それでも、幼少期の恩返し、そして震災直後の被災地での出会い。その思いに嘘をつくことはできなかった。

佐藤さんの新たな職場となった南三陸町役場 撮影:佐藤守謹さん

平日公務員、休日農家の南三陸生活

2015年4月、佐藤さんの派遣職員として南三陸で生活がはじまった。復旧から復興へとフェーズが変わる町において、町づくりの指針となる総合計画の策定に関わった。

その仕事をするなかで驚いたことがあったという。総合計画を定めるために小学生、中学生、高校生とそれぞれの子どもたちに、「自分たちの住む町のよいところ」「どういう町になってほしいか」を聞いて歩いたときのことだ。

「子どもたちが『自然があって、食べ物がおいしくて、人がよいのが南三陸のいいところ』『今ある自然を大事にした町になってほしいな』って大人と同じようなことを、子どもたちが当たり前のように話していたんです。子どもたちまで、こんなことを話せるこの町ってすごいなって思いました」

休みの日。足元が革靴から長靴に変わった佐藤さんの姿は、入谷地区の畑にあった。

「より町のことを知りたいと思って、南三陸応縁団のおでってに参加してみました。そしたら、楽しくなってしまって。町の歴史を聞いたり、方言を習ったり。仲よくなっていくうちに『震災のときはああだったんだよ』って話もしてくれる。そういう何気ない会話が心地よいんです」

「おでって」に駆け付けること2年。農作業も板につき、すっかり戦力となった様子だ。

「土いじりをするのも楽しいし、たくさんのボランティアさんとの出会いが刺激になるんです」と笑う

レンズ越しの美しい光景がこの町の財産に

役場職員として、おでってとして、この町に深く関わるにつれて、子どもたちがこの町を誇りに思っていたように、佐藤さんにもこの地に対する思い入れがだんだんと深まっていった。

「子どもたちが話していたような、この町のよさを生かした町になっていってほしい」

そう願う佐藤さんは、派遣職員として南三陸の地を踏んでから2年がたつ。奥さん、子どもも長崎に残してきた。遅かれ早かれ南三陸の地を去ることになるだろう。

佐藤さんは、そんな南三陸で過ごす、限られた「時」をしっかりと刻むかのように、カメラを掲げ、シャッターを切る。「南三陸カメラ部」というfacebookページでアップされている写真。そこに写された絵の美しさに、息をのむ。「こんなに美しい景色が南三陸にあったんだ」と見るものをうならせる。佐藤さんは写真を通じて、私たちがまだ見ぬ「この町のよさ」を教えてくれている。それがきっとこの町の財産になる。

「カメラを通して、こんな美しい景色があったんだと自分でも気づくことが多いです」と佐藤さんは話す 撮影:佐藤守謹さん

佐藤さんの撮る美しい写真はこちら!

南三陸カメラ部

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ライター 浅野 拓也
1988年埼玉県生まれ。学生時代はアフリカや中東、アジアを旅したバックパッカー。卒業後は、広告制作会社でエディター・ライター業を経験。日本全国を取材で駆け回り、自然とともに生きる人々に感銘と同時に憧れを抱く。そして、2014年に、取材でも縁のあった南三陸町に移住。食・暮・人をテーマにしたライターとして活動している。